第120話 第二門・忘却の回廊――心を削る試練
塔の内部へ足を踏み入れた瞬間、
世界は“音”を失った。
外の空気も、仲間の声も、
全てが薄い膜に包まれたように遠ざかっていく。
リアが分析しながら言う。
「……これは……精神干渉……
記憶と言語をゆっくり奪っていくタイプ……」
セリアは震える声で呟く。
「嘘……そんなの、どうやって戦うの……」
ミナは胸を押さえた。
「……怖い……ここ、息がしにくい……」
ラウルでさえも顔色が悪くなる。
それでも、カイルは一歩前に進んだ。
まるで“何も感じていない”かのように。
◆道が消える
塔の内部は円形。
だが歩くたび、自分がどこへ向かっているのか分からなくなる。
引き返そうとしても、壁がその度に形を変える。
まるで“出口を忘れさせるため”の迷宮。
リアが言葉を詰まらせる。
「……私……なに……分析して……たんだっけ……?」
ミナ「リアさん!?落ち着いて……!」
セリアは剣を構えようとして――
自分が何のために剣を握っているのか、
分からなくなった。
セリア「……え?
どうして……剣……?」
ミナの足元に影が伸びる。
彼女の目に涙が浮かぶ。
「いや……こんな……
また、私だけ……弱くて……」
その瞬間。
◆カイルの声が届く
「ミナ。」
ミナ「……っ!」
振り向くと、カイルがすぐ隣にいた。
ミナ「カイル……どうして……
記憶、平気なの……?」
カイル「俺の頭は単純だ。
忘れるほど込み入ってない。」
リア「ほ、褒め言葉……なんですか……それ……」
ラウル「隊長……シンプルすぎて精神攻撃効かねぇ説……」
セリア(いや、普通に強靭すぎるでしょ……この人……)
カイルは全員の顔を正面から見て、言った。
**「忘れたなら思い出せばいい。
“何を守りたいか”。
“誰と進みたいか”。
それだけで十分だ。」**
その声が、
霧のような不安を少しずつ吹き飛ばしていく。
ミナの目に光が戻る。
リアが深呼吸し、術式を再展開する。
セリアは震えを押さえ込み、剣を握り直した。
ラウルが拳を叩きつける。
仲間の意識が戻った瞬間――
塔が揺れた。
◆試練の“本体”が現れる
壁という壁に、影が滲み出る。
声が響く。
**『問う。
お前たちは“何者”だ。』**
静かで、冷たくて、
けれど確実にこちらを“測りにきている”声。
リアが青ざめる。
「……自己認識を奪う気……!
自分が誰か分からなくなったら、精神崩壊……!」
ミナは涙を拭いながら言う。
「わ、私……私……」
セリアも混乱の中で叫ぶ。
「私は……戦う理由……なんだっけ……!」
カイルは皆の前に立った。
影が無数の手の形を取り、伸びる。
声が重なる。
**『名を捨てろ。
意志を捨てろ。
お前という存在を捨てろ。』**
ミナ、リア、セリア、ラウル――
全員の足が止まる。
心が奪われる。
影が彼らの胸に触れようとした瞬間。
カイルの声が、
塔そのものを割るように響いた。
◆カイルの答え
「誰か、だと?」
影の動きが止まる。
「俺が誰かなんて――」
剣を抜いた。
その音は世界の中心のように響く。
「“カイルだ”。
それ以上の答えなんていらない。」
影が震える。
塔の空間が揺らぐ。
カイルは仲間を背に庇い、続ける。
「俺は俺で、十分強い。」
その言葉は、
塔の“問い”そのものを断ち切る威力を持っていた。
影の声が揺れる。
『……個の意志……
……この強度……
……封印指定級……』
リアが気づき、震える。
「カイルさん……あなた……
精神耐性、規格外すぎ……」
セリアは息を呑む。
(こんなの……
追いつけるわけない……
でも――)
胸が熱く、燃える。
(追いつきたい。
絶対に。)
ミナは涙を拭き、微笑む。
(……私は、この人と一緒に歩きたい。)
◆影、本体を現す
影が蠢き、形を変える。
やがて――“人型”になる。
仮面のない、ただの黒い輪郭。
声が低く響く。
**『第二門・実体化完了。
次の問いを始める。』**
カイルは剣を構える。
言葉は短い。
「次を出せ。」
塔が唸る。
影が形を取り、
“自分自身の幻影”を生み出していく。
ミナのコピー。
セリアのコピー。
リアのコピー。
ラウルのコピー。
が――
一斉に彼らへ向かって立ち塞がる。
声が重なる。
『己の影を斬れるか。』
ミナが震える。
セリアが唾を飲む。
リアが魔力を構える。
ラウルが拳を握る。
カイルは前へ出た。
**「任せろ。
影なんて、まとめて斬る。」**
塔の空気が震える。
これはまだ第二門の途中にすぎない。
だが――
仲間全員が確信した。
カイルがいる限り、道は必ず開く。
──第121話へ続く




