第117話 聖遺の塔へ――試練の行軍
王都北門を抜けると、空気が変わった。
人の声が消え、風の音だけが耳を撫でる。
三日後の試練――その舞台に向かう道のりは、
もうすでに“試されている”かのようだった。
カイルは先頭を歩く。
背中はいつも通り静かで、しかし確かな強さを帯びている。
その背中を、ミナはそっと見つめた。
◆ミナの胸に芽生えるもの
ミナ(……カイルは、怖くないのかな。)
自分なら震える場面でも、
カイルだけは振り向かず、ただ前進する。
ミナ(……私も、あの背中に追いつけるかな。)
するとカイルが言った。
「歩きながら考え事か。」
ミナ「えっ!? あ、うん……」
「迷ってるなら、そのまま迷えばいい。」
ミナ「……え?」
カイル「迷ったまま進めるやつが、一番強い。」
ミナの胸が熱くなる。
(私の弱さを否定しない……
そのままでいいって、言ってくれる……)
小さく呟いた。
「……ありがと。」
カイルは聞こえないふりをしたが、
歩幅を少しだけ合わせた。
◆セリアの焦燥と決意
その少し後ろで、セリアは自分の拳を握りしめていた。
セリア(また……背中が遠い。)
剣の腕ではそこそこ自信があった。
けれど――カイルは遥か先にいる。
ミナでさえ、自分より強い。
セリア(悔しい。でも――)
彼女は、強く息を吐いた。
「……追いつくから。絶対。」
それを聞いてラウルが笑う。
「意識しすぎると空回りするぞー?」
「うるさい、あなたは黙ってて!」
リアが苦笑しながらメモを取りつつ言う。
「でも、カイルさんの近くにいると、
“置いて行かれたくない”って気持ちになりますね。」
セリアは驚きつつ呟く。
「……あなたも?」
リア「はい。分析型でも、あの人の強さは分かりますから。」
風が流れ、五人はまた歩き出す。
◆監視している影
木々の上。
枝に立つ影の監視者が、静かに呟いた。
「……観察対象、最大値成長中。
特に“ミナ”と“セリア”――反応値が高い。」
その視線はカイルへ。
「やはり中心は、あなた。」
風とともに姿が消える。
◆道中の休憩――小さな温度
昼。
小川のほとりで休憩。
ラウルが火を起こし、リアが食料を仕分ける。
セリアは剣の素振り。
ミナは魔力の制御訓練。
カイルはそれぞれの様子を見て、言葉を添えていく。
「セリア、腕じゃない。
足の軸を使え。」
セリア「……はい!」
「ミナ、力を押さえ込むんじゃない。
流れを“認識”しろ。」
ミナ「感じる……感じる……あ、少し分かる……!」
カイル「そうだ。」
ミナは嬉しそうに笑った。
リアはその様子を見て、ぽつり。
「……カイルさん、教えるの上手いですね。」
カイル「別に教えるつもりはない。
できるまで隣にいるだけだ。」
ミナの顔が赤くなる。
ラウル「おぉーーっと? これはこれは……!」
セリア「黙れ。」
平和な時間が流れる。
だが――この休息こそ、嵐の前触れだった。
◆塔が“近づいてくる”
再び歩き始めた時、
ミナがふと立ち止まる。
「……なんか、空気が変。」
リアが魔力計で周囲を調べ、青ざめた。
「いや、変なのは――空間の方です!」
セリア「どういうこと!?」
リアは震える声で言った。
**「私たちが塔に向かってるんじゃない。
塔の空間が“こちらへ伸びてきてる”!!」**
カイルが即座に剣を抜く。
ミナが恐怖で足をすくませる。
ラウルが前に出て叫ぶ。
「おいカイル!塔って建物だろ!?
なんで“歩いて”くんだよ!!?」
カイルは短く答える。
「歩いてはない。
“呼んでるんだ”。」
木々の間に、黒い霧が溢れ始めた。
地面が波打つ。
風が逆流する。
セリアが叫ぶ。
「待って!これは自然現象じゃない!!
空間魔術の――罠!」
霧の向こうから声が響く。
女とも男ともつかない声。
『試練の開始を認証――対象:カイル・ヴァン・エルスト』
リアが息を飲む。
ミナがカイルの袖を掴む。
セリアが剣を構える。
ラウルが叫ぶ。
「来やがったなァァッ!!!」
カイルは前に出て、低く構えた。
剣先は揺らがない。
声を張る必要はなかった。
ただ一言。
「まとめて来い。」
黒い霧が爆発のように広がり、
視界が飲み込まれる。
これは――“試練”の序章。
──第118話へ続く




