第10話 祠の灯り
森道をしばらく進むと、古びた石畳が現れた。
その先に、小さな祠が佇んでいる。
屋根は苔むしているが、崩れてはいない。
旅人が雨風を避けるために使う簡易拠点のようだ。
ラウルが微笑む。
「祈りの場でもありますが、休憩のためにも使えます。
よろしければ、昼食をとりませんか?」
リアは周囲を確認し、頷いた。
「魔物の気配は薄いです。休憩できそうですね」
俺たちは腰を下ろし、火を起こして食事の支度を始めた。
昼食は簡素なスープとパンだったが、ミナは目を輝かせている。
「こ、このスープ……朝よりさらにおいしい……!」
「調味料を足しただけだ」
「それでこんなに変わるんですか……!? すごい……!」
感動が大げさすぎて笑えたが、
ミナがこうして表情豊かになっていく姿を見るのは嬉しかった。
リアも嬉しそうに微笑む。
「ミナさん、昨日よりずっと元気そうです」
ミナはスプーンを持つ手をぎゅっと握った。
「……わたし、もう逃げてばかりじゃいやなんです。
ちゃんと誰かの役に立ちたくて……怖いけど、頑張りたくて……」
気持ちが溢れそうになったのか、ミナはカイルを見た。
「カイルさん、今日の戦い……わたし、ちゃんと援護できてましたか?」
「できてた。あれは誰にでもできる仕事じゃない」
ミナの頬が一気に赤くなる。
「ほ、褒められるの……すごく……変な気分で……胸が熱くて……涙も出そうで……」
リアが優しく受け止める。
「それはきっと、自分の力を誰かが必要としてくれたからですね」
ミナはこくこく頷いた。
「こ、こんな気持ちになる旅、すごいです……!」
その言葉に、俺もリアもつい笑ってしまった。
明るい時間が流れていた。
だが――その穏やかさの裏で、微かな影が落ちる。
祠の奥で祈るラウルの姿が目に入った。
静かに両手を組み、長い祈りの言葉を捧げている。
――祈りが長すぎる。
ただの信仰心なのか。
それとも、祈りに“別の意味”があるのか。
リアも薄々気づいたようで、低い声で耳打ちしてくる。
「ラウルさん……祈っている時の気配、すごく落ち着いていますけど……
言葉の節回しが、一般信徒というより“聖職の上位”に近い気がします」
「俺も同じように感じた」
しかし、決定的な“疑い”にはまだ早い。
ミナはラウルに向けて、パンを差し出した。
「ラウルさん、どうぞ……」
祈りの途中だったはずなのに、ラウルは驚くほど自然なタイミングで祈りを区切った。
「ありがとうございます。お気遣いに感謝します」
――祈りの途中で声をかけられたら、普通は驚く。
だが今のラウルは、驚きすらしなかった。
祈りを「いつでも止められる」人間の祈りではない。
「止めるべきタイミングを常に監視している」祈りだった。
……やはり少し違和感がある。
ただ、こちらに敵意は感じられない。
今は観察に留めるべきだ。
祈りが終わると、ラウルは自然な笑みを浮かべて言った。
「お三方の絆、とても素晴らしいですね。
この旅が、あなた方にとって良い時間になりますように」
その言葉に嘘の気配はなかった。
敵ではない――
だが、何かを“隠している”。
俺は心に留めながら、軽く頷いた。
「ありがとう。ラウルも無理はするな。
護衛対象が倒れたら、依頼は終了だからな」
リアがくすっと笑う。
「カイルさん、それは冗談に聞こえませんよ」
ミナも続ける。
「ですです! 倒れちゃだめです!」
ラウルは優しく笑い、少し肩をすくめた。
「それは困りますね。倒れるわけにはいきません」
――その一言だけは、笑顔よりずっと重く響いた。
まるで
“倒れてしまえば終わる使命がある”
と言っているようだった。
休憩を終え、三人で道を進み始める。
ミナは以前より一歩近い距離で歩くようになり、
リアは周囲を守るように目を配り、
ラウルは穏やかに佇んでいる。
表向きは完璧な旅路。
しかし、祠を離れて数分後――
ラウルが祠の方へほんの一瞬だけ振り返った。
その視線は、祈った場所を名残惜しむものではなかった。
まるで
“祠に何かを置いてきた”
ような気配。
俺は気づかないふりをして歩き続ける。
――ここから先の旅は、慎重に進める必要がある。
だがその緊張が、仲間との関係を否定することにはならない。
むしろこの旅路は、三人をもっと強く繋ぐ。
そう確信できた。




