復讐を捧げます
辺りに立ち込める硝煙の匂い。
国の象徴であった絢爛豪華な王城は、今や見る影もない。
王城の彼方此方から火の手が上がり、行き場もなく逃げ惑う人が大勢見えた。
隠し通路は全て兵士が押さえてある。
すでに彼らは、袋のネズミ。
私はそれを、丘の上から冷めた目で眺めていた。
彼らに対する慈悲など、一欠片もない。
この国の民には可哀想だが、あんな王族を戴いているのだ。
自業自得と言ってもいいだろう。
私はその光景を目に焼き付けた。
「行くのか?」
背後から、かかる声。
私の私怨に付き合ってくれた、協力者。
「はい。私の手で終わらせないと、気が済まないので。」
「難儀だな、お前も。」
「自分でも、そう思いますよ。」
私は馬を駆り、丘を駆け降りた。
男はその姿を、いつまでも見つめていた。
「宜しかったのですか?ジークフリート殿下。」
「もともとは、彼女の私怨に手を貸しただけだからな。」
ジークフリートの側近は、胡乱な目で主を見つめる。
言いたいことはわかっているが、敢えてそれを無視した。
彼女の復讐が完了するまでは、ここで見守るつもりだ。
それが為政者として、相応しくなかったとしても。
初めて彼女に会った時は、その実力と纏う空気に驚愕した。
けれど彼女を知る度に、印象はガラリと変わっていった。
彼女はただ、愚かなまでに一途なだけだった。
皇太子としてではなくて、ジークフリート個人として、彼女を支えたいと思うようになったのは、自然のことだった。
けれど彼女は、ジークフリートのことなど眼中にないだろう。
彼女の心の中にいるのは、ただ1人。
その人以外、入る余地はないとわかった。
わかっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。
だから彼女の私怨に協力した。
少しでも彼女の心に、ジークフリートを刻みつけたかったから。
全てが終われば、彼女はジークフリートの手を取ってくれるだろうか?
彼女に思いを馳せ、彼女の行く末を見守った。
―――――
私は城下町を馬で駆けながら、失った過去を思い出していた。
私はかつて、モルガン国第二王女、シャルロッテ姫に仕える侍女だった。
もっと遡れば、姫様の亡き母君に拾われ、侍女として取り立ててもらったのだ。
姫様の母君は、元々身体が丈夫ではなかった。
姫様が幼い頃、風邪を拗らせて亡くなってしまったのだ。
姫様の母君が亡くなる前、姫様を頼むと切実に願われた。
姫様の母君は、私の恩人。
恩人の願いを、無視するはずがない。
私はその時誓った。
誠心誠意仕え、この命尽きるまで、姫様を守ることを。
姫様はスクスクと成長されて、とても美しく優しい方になられた。
そんな姫様に、求婚者が列を成していたのは、当然と言える。
姫様との幸せを勝ち取ったのは、友好国カーリヤの第二王子。
悪い評判は聞かず、姫様にとって良縁だった。
カーリヤに嫁ぐ時、侍女の私は同行できなかった。
友好国であることと、カーリヤ国に馴染むため、自国の侍女や護衛を断られてしまい、泣く泣く姫様とお別れすることになったのだ。
時折、姫様から届く手紙を心待ちにしながら、穏やかに時間が過ぎていった。
けれどそんな幸せは、1年しかもたなかった。
突如、モルガン国王に呼び出されて告げられたのは、大切な姫様の死だった。
原因は、病死だと言う。
世界が止まった。
理解ができなかった。
言葉が頭に入ってこない。
私の世界が崩壊した瞬間だった。
姫様が病死?
そんなはずはない。
だって姫様の身体は、健康体だったのだから。
それに、つい2週間ほど前に来た手紙には、そんなことを書かれていなかった。
何かが変だ。
違和感が拭えない。
私は侍女の仕事を休職し、姫様の死について調べることにした。
姫様の母君に拾われる前は、暗殺者として育てられてきた。
しばらくその能力は使っていないが、今だに身体は覚えている。
私はカーリヤ国王城に忍び込み、真相に迫った。
真実は、巧妙に隠されていた。
やはり思った通り、姫様は病死ではなかった。
それよりももっと残酷な結末だった。
姫様は殺されたのだ。
夫である第二王子に。
理由は至極単純なものだった。
第二王子が男爵令嬢に夢中になり、邪魔になった姫様を毒殺したのだ。
姫様には、何ら非はなかったのに。
私欲によって、理不尽に殺されたのだ。
私の心は砕け散った。
そして思ったのだ。
死には死を、と。
楽には死なせない。
後悔などしなくていいから、散々苦しんで死ねばいい。
私が全て壊してやる。
第二王子、男爵令嬢、諌めなかった王族全て。
これは姫様のためではない。
優しい姫様は、こんなこと望まないからだ。
だからこれは、私怨。
私の復讐。
手始めに、対象一人一人に、黒百合の花束を贈った。
黒百合の花言葉は、『復讐』。
これは、私の宣戦布告。
私は一度自国に戻り、退職届を出した。
たくさんの人に引き留められたが、同時に私の気持ちを慮ってくれた。
私はその足で、敵国であるセテンス国へ向かった。
あらゆる方法で情報を流し、皇太子に謁見できるまでにもなった。
そこで、皇太子に協力を取り付けることができた。
念の為、弱味を握っていたが、使い道はなかった。
皇太子と綿密に計画を立て、ついに今日、決行の時が来たのだった。
姫様、申し訳ありません。
私はあなたと同じ所へは、行けそうにありません。
心の中で、姫様に謝罪をした。
けれど私に後悔はない。
例え煉獄の炎に焼かれて、一生苦しむことになっても、必ず成し遂げる。
城内に着いた私は、馬を降り、王族たちのいるであろう場所に向かった。
醜い権力者は、最後まで権力にしがみつく。
おそらく、玉座のある場所にいるだろう。
こちらの手の者が誘導しているはず。
私は人通りの少ない場所を歩いて、目的の場所に向かった。
目的地は、玉座のある謁見室。
両扉が開いたままになっており、中の声が漏れ聞こえる。
足は止まることのないまま、謁見室に入った。
誰もが自分のことでいっぱいで、私に気がつかない。
私から声をかけることにする。
「こんにちは。」
「だ、誰だ!?」
誰何するのは国王。
けれども威厳はなったくない。
「黒百合は、気に入っていただけました?」
「アレを贈ってきたのは、お前か!無礼者め!」
「誰が無礼か。そちらが乞うから嫁いだのに、その花嫁を殺すなんて。ねぇ、第二王子?」
「……っ。アレは病死だった。殺してなど……」
知られない自信があったのだろう。
第二王子の顔が見る見る青ざめる。
「言い訳は結構。調べはついているわ。あなたたちがこうして追い詰められているのは、シャルロッテ姫を殺したから。」
「わ、私たちは関係ないだろう!」
「調べはついていると、言ったでしょう?あなたたちは、第二王子を諌めなかった。それがあなたたちが死ぬ理由。」
「そんな……」
女性の啜り泣きが、聞こえる。
「精々、苦しんで、死んでくださいな。」
「ま、待て……ぐっ……」
謁見室に入った時に撒いておいた毒煙が、ようやく効き始めたらしい。
私は毒に慣らしているから、全く効果はない。
「うぅ……」
「た、助け……」
とっても苦しいのに、なかなか死ねないようにしてある。
この日のために、特別に調合したのだから、喜んでほしい。
今まで作った中で、最高傑作なんだから。
「それでは皆様、冥府の底でお会いしましょう。」
パタンッ




