登場!new店員
透と雪の二人だけでは、店の切り盛りはもはや限界だ。
「マスター、プリンが残り三個ですよ。今日の仕込み分、本当にこれでお終いですね。」
雪はカウンターの奥から、困ったように透に伝えた。彼女の猫耳が、忙しさで少し疲れているように見える。
「わかってるよ、雪。無理させてごめんな。今日はもう打ち止めにしよう。夜、プリン液の仕込みを手伝ってくれたら、特製のパンケーキを焼いてやる。好きなように、たっぷりかけて。」
透がそう言うと、雪の表情はすぐに明るくなった。
「本当ですか!やった!約束ですよ、マスター!」
透は雪の頭に軽く触れて労った。雪は嬉しそうに笑い、猫耳を揺らす。この信頼関係が、この店の温かい雰囲気の元になっている。
ちょうどその時、カランカランとドアベルが鳴り、一人の女の子が店に入ってきた。
雪と同じくらいの歳だろう。粗末な服を着ているが、清潔感がある。鮮やかなピンク色の髪と、そこからぴょこんと飛び出す猫耳が目を引いた。
女の子は、店内の喧騒に一瞬たじろいだが、すぐに緊張した面持ちでカウンターへ向かった。
「あの…すみません、私、ここに…求人の貼り紙を見たんですけど…」
声は小さく、しかし真面目さが伝わってくる。
透はすぐに彼女をカウンターに招いた。
「いらっしゃい。私が店主の透です。こちらが看板娘の雪。君の名前は?」
「は、はい!私は桜と言います…」
桜と名乗ったピンク髪の猫耳の少女は、緊張からか、透の目を見ることができず、カウンターの端をじっと見つめている。彼女の猫耳は、少し硬くなっているようだ。
「桜さん。この店で働きたいのですね?仕事は皿洗い、掃除、お茶出しです。見ての通り忙しいですが、給金は王都の標準より優遇します。もし住む場所で困っているなら、店の二階の空き部屋を使っても構いません。」
住居の提供を口にした途端、桜の表情が一段と真剣になった。
「お願いします!私、力仕事は苦手ですが、皿洗いや掃除は誰にも負けません!この店で働かせてください!」
桜は勢いよく頭を下げた。
「わかりました、採用です。早速ですが、今日から手伝ってもらえませんか?今、本当に手が足りなくて困っているんです。」
雪はすぐに桜に近づき、安心させるように微笑んだ。
「よかった、桜さん!私がしっかり教えますからね。マスターはちょっとあれですけど、料理の腕は間違いなく最高なんですよ!」
「おい、一言余計だぞ?」
雪に念をおす。
「雪、桜さんにエプロンを渡しといて。これからプリンの仕込みに入るから接客は任せる」
「はい、マスター!」
雪に連れられ準備室に行った桜は、すぐにノスタルジア特製の白と緑のエプロンをつけて戻ってきた。
雪は手早く洗い場を教える。
「桜さん、洗い物はスピードも大切ですが、割らないことが一番です。」
「はい、わかりました!」
桜は真剣な面持ちで皿を洗い始めるが、手が慣れていないため、皿と皿をぶつけそうになる。その度に、彼女のピンクの猫耳がピクッと反応する。
その時、カランカランとドアベルが鳴り響き、七人の冒険者が一気に店になだれ込んできた。
「マスター!フレンチトースト七つ!プリンは?今日はもうないのか!ちぇっ、仕方ない、コーヒーと紅茶をくれ!」
冒険者たちの豪快な声に、桜の猫耳は緊張でピンと立ち上がり、体がわずかに強張った。
雪はすぐに桜の肩に手を置いた。
「大丈夫!私たち三人いますから!桜さんはまず、拭いたお皿を丁寧にテーブルに戻すのを手伝ってください。お客さんは皆、マスターの料理を心待ちにしているだけですから、心配いりませんよ!」
雪の言葉と、忙しさの中でも落ち着いて調理を続ける透を見て、桜は深く頷いた。
「はい!やらせていただきます!」
桜は震える手を抑え、皿を持ってテーブルへと向かった。
「よし、注文が入りました。雪、紅茶五つ、コーヒー二つ。桜さん、テーブルの片付けと、お冷の準備をお願いします。」
「はい、マスター!」
「は、はい!すぐに!」
その日から、ノスタルジアのカウンターは、透と、猫耳の雪、そしてピンクの猫耳の桜という、三人の従業員で回るようになった。
最初の週は、桜にとって試練の連続だった。注文を聞き間違えたり、緊張で動作が固くなったり。そのたびに猫耳をシュンと下げる桜を、雪が献身的にフォローした。
「大丈夫ですよ、桜さん。マスターは小さなミスでは怒りませんから。次は私と一緒にもう一度確認しましょう!」
透も、「次から気をつけてね。怪我だけはしないように」と声をかけるだけで、決して桜を責めることはなかった。桜の真面目さと、仕事を覚えようとする真剣な眼差しを評価していたからだ。
桜は、元々得意だと言っていた通り、皿洗いの腕が素晴らしかった。洗い場は常に清潔に保たれ、テーブルを拭く動作も丁寧で速い。何より、彼女のピンクの猫耳が、忙しさの中でも一生懸命動いている姿は、店の新しい魅力になりつつあった。
1週間が経ち。
「透さん、雪さん、今日もありがとうございました。」
桜は、以前よりずっとしっかりとした声で頭を下げた。
「お疲れさまでした、桜さん。あなたが来てくれて、本当に助かっています。店のペースが格段に上がりましたよ。」
透が穏やかに礼を言うと、桜の顔がパッと輝いた。
「私、こんなに人に感謝されたの、初めてです。マスターのフレンチトーストもプリンも、本当に美味しくて…この店で働けることが、すごく嬉しいんです!」
雪は桜の隣で、「ふふっ」と優しく微笑み、透に言った。
「マスターの作るものは、みんなを幸せにする魔法ですから!ね、桜ちゃん!」
「は、はい!」
雪に桜ちゃんと言われて少し緊張したのだろうか、声が若干震えていた。
は透、雪、桜の三人体制で盤石だ。以前は透と雪の二人で精一杯だったが、今は安定して回っている。
「マスター、この卵の泡立て方、やっぱり難しいですね。雪姉さんみたいに綺麗に泡立ちません。」
桜がボウルを抱えて、困ったように透に尋ねる。彼女のピンクの猫耳が、集中しきれずに少し伏せられている。
「力を入れすぎだ、桜。卵は繊細なんだ。優しく扱ってやれ。」
透は笑いながらコツを教える。
「そうだよ、桜ちゃん!もっと力を抜いて、フワッと!ほら、マスターも笑ってる!」
雪は親しみやすさ全開で実演してみせる。
透は、二人が成長していく姿を見るのが何よりも嬉しかった。この店の温かい雰囲気は、フレンチトーストやプリンの味と同じくらい、大切な魅力になっていた。
ある平日の昼下がり。冒険者たちのピークタイムが過ぎ、店に穏やかな時間が訪れていた。カウンターで透が新作のアイデアを考えていると、屈強な常連の冒険者が二人、店に入ってきた。
「マスター!今日も最高のフレンチトーストを頼むぜ!プリンが残っていたら、それもな!」
「いらっしゃいませ!フレンチトーストとプリンね、いつもので!すぐに美味しいものをご用意しますからね!」
雪は常連に親しみを込めた笑顔でカウンター越しに応じた。
雪と桜が手際よく接客し、料理を運ぶ。冒険者たちは、いつものように平らげていった。
食後、一人の冒険者がカウンターに肘をつき、真剣な顔で透に話しかけた。
「マスター、ちょっと相談があるんだ。」
「どうした?フレンチトーストに不満か?」
透は少し冗談めかして聞く。
「まさか!あんたのフレンチトーストとプリンは、王都一だ!だからこそ、なんだ。」
彼は鞄から銀貨を取り出すと、続けた。
「俺たち、明日から三日間の遠征なんだ。王都を離れると、こんなに美味いもん、当然食えなくなる。そこで頼みなんだが…このフレンチトーストかプリン、遠征に持っていけるように包んでもらえないか?」
その言葉に、雪と桜が顔を見合わせた。ノスタルジアの料理は、焼きたて、作りたてが命。持ち帰りの容器もなく、冷蔵保存が必要なプリンは特に難しい。
雪はカウンター越しに身を乗り出し、親身になって答えた。
「ああ、お気持ちはすごく分かるんですけどね…。フレンチトーストは冷めちゃうと美味しくなくなっちゃうし、プリンは冷やしておかないと、どうしても味が落ちちゃうんですよ…。ごめんなさいね。」
「だろうな。でもよ、どうしても諦めきれねえんだ!せめて、乾燥させたパンでもいい。あの味を、少しでも遠征に持っていけたら、どれだけ力が湧くか…」
冒険者の切実な眼差しに、透の心は動かされた。
「分かった。少し時間をくれ。」
透はそう言って、カウンターから厨房へと戻った。
「透さん、どうするんですか?プリンは絶対無理ですよ!」
雪が心配そうに透の隣に立つ。
「そうですよ、雪姉さん。フレンチトーストも固くなっちゃいます…」
「フレンチトーストは無理だ。乾燥させたパンか…」
冷蔵庫から食パンの端を取り出した。遠征に持っていける甘いもの。日持ちがして、美味しく、力が湧くもの。
「よし、決めたぞ。雪、桜。二人に手伝ってほしい。」
食パンの耳を薄くスライスし始める。
「フレンチトーストは持ち帰れない。だが、『フレンチトーストの記憶』なら持っていけるだろう。」
スライスしたパンを溶かしバターと砂糖を混ぜた液体に浸し、オーブンでじっくりと焼き始めた。パリパリとした食感と、バターの豊かな香りが店内に広がる。
「わあ、これ、ラスクですね!」
桜が目を丸くした。
「ああ。これなら日持ちする。そこまで持ち運びも苦じゃないだろう。」
焼き上がったラスクを、透は急いで紙袋に詰めて冒険者に手渡した。
「遠征のお守りだ。フレンチトーストではないが、うちの味だ。これを持って、無事に帰ってこい。」
冒険者は、そのラスクを大事そうに受け取ると、感動した顔で銀貨を差し出し、深々と頭を下げた。
「マスター!あんたの優しさは、最高の回復薬だ!必ず無事に帰ってきます!」
『ラスク』の評判は、フレンチトーストやプリンとはまた違った広がり方を見せた。遠征から帰ってきた冒険者たちは、「疲労回復はもちろん、気分が全然違う!噛むたびにノスタルジアの味が思い出されて、力が湧いた!」と口々に言った。
この評判は瞬く間に広がり、『ラスク』は店内でゆっくり過ごす時間がない冒険者たちにとって、欠かせない遠征のお守りとなった。
「マスター、ラスクの仕込み、手伝いますね!今日もお客さんたくさん買っていきました!」
桜はもう忙しさに怯えることはない。彼女のピンクの猫耳は、仕事への意欲でピンと立っている。
「助かるよ、桜。雪、今日の売上を確認して、仕入れのパンの量を調整しておいてくれ。」
透はパンの耳だけでなく、生地そのものを使ったラスクの製造に取り掛かった。
「はい、マスター!ラスクのおかげで、安定感が全然違いますね!」
雪の表情も明るい。二つの猫耳を持つ少女の協力は、ノスタルジアの最大の強みだった。
ラスクが店の定番商品になって数週間。ノスタルジアの成功は、王都の口コミでさらに加速した。ラスクの噂を聞きつけ新しいお客さんが、次々と店に押し寄せてきたのだ。
「フレンチトーストはもちろん、噂のラスクも試してみたい!」
「テイクアウト専門の列はどこですか?急いでいるんだ!」
昼のピークタイムは、以前の比ではない大混雑となった。テイクアウトのラスクを求める客と、店内でフレンチトーストを待つ客の列が重なり、店内はごった返すようになった。
「雪姉さん、ラスクの袋詰めが追いつきません!誰か席に案内する人が必要です!」
桜が必死にカウンターの奥で作業しながら叫ぶ。
「わかった、桜ちゃん!私が今、席に案内します!皆さん、少しだけお待ちくださいね、すぐにご用意しますからね!」
雪はいつもの柔らかい笑顔を保ちながらも、テキパキと客を誘導する。彼女のの猫耳が、忙しさで激しく揺れている。
透は厨房で、フレンチトーストとプリン、そしてラスクの製造を同時にこなしていた。
「雪、あの四人組のテーブル、水が空いているぞ!桜、レジ横のラスクの在庫が残り三袋だ!」
透の指示は的確で、この混乱の中で唯一の冷静な羅針盤だった。
三人は息を合わせ、この予測不能な大混雑を乗り切った。閉店後、誰もが一言も発せず、椅子に崩れ落ちた。
「ふう…これ、本当に毎日続くんでしょうか…?」
雪が力なく笑う。
「続くぞ、雪。そして、もっとひどくなるかもしれない。」
大量の食器を片付けながら言った。
「でも、マスター。お客さんが、皆とても嬉しそうな顔でした!『こんなに美味しいラスクは初めてだ』って!」
桜は疲れながらも、充実感に満ちた顔で言った。
透は疲れた顔の二人に目を向けた。このままでは、彼女たちが倒れてしまう。ノスタルジアの評判は最高潮に達したが、三人で回せる限界も同時に見えてしまった。
「雪、桜。聞きたいことがある。」
透は真剣な顔で言った。
「店を続けるためには、この混雑を何とかしないといけない。そこでだが、この店の営業時間を短くするか、それとももう一人、新しい仲間を探すか、どちらがいいか、お前たちの意見を聞かせてくれ。」
雪と桜はうなづき、部屋に戻って行った。
今回で桜ちゃんの登場です。
ゆっくり見てってくださいね




