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異世界カフェにはお帰りの味  作者:


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初めてのお客様

「いらっしゃいませ!カフェ「ノスタルジア」へようこそ!」


やってきたのは気品のあるおじさまだった。


「いやあ、懐かしいね。昔にあった喫茶店に似てるよ」

「おばあちゃんの時を知ってるんですか?」


雪が興味を持ったのかおじさまに聞く。


「ああ、もしかして君はお孫さんか……!昔来た時はとてもコーヒーの良い香りが漂っていたよ。せっかく来たことだし、コーヒーをいただこうかな」

「コーヒー、一つですね、少々お待ちください」


雪がカウンターに引っ込むと、辺りを見まわし懐かしんでいる……

少しするとコーヒーの良い匂いが店の中にゆっくりと広がっていく


「そうそう、この匂いだよ……」

「お待たせしました、コーヒーです」

「ありがとう。そうだ、君。良かったら私の思い出話を聞いてくれないか?」

「ええ、私でよければですが」

「聞いてくれるのなら嬉しいよ」


雪もカウンター越しに話を聞こうとしている。おじさまはにこやかに笑うと、カップに口をつけた。


「この味も懐かしい。昔と変わらないな」


目を閉じてゆっくりと味わい、そして語り始めた。


「私はね、この店で彼女と出会ったんだ」

「彼女、ですか?」

「ああ。当時、私はまだ駆け出しの画家でね。全然芽が出なくて、いつもこの店でスケッチをしていたんだ。ある日、いつものように窓際の席で絵を描いていると、彼女が隣の席に座った。彼女は図書館で司書をしていたんだ」

「彼女はいつも同じ本を読んでいた。タイトルは確か……『遠い日のノスタルジア』だったかな」

「ノスタルジア……」

「そう。私は彼女に興味を持って、話しかけてみたんだ。『その本、面白いですか?』って」


雪は、おじさまの話をまるで自分ごとのように、じっと耳を傾けていた。


「そこから、少しずつ話すようになってね。彼女はいつも私の絵を褒めてくれた。そして、こう言ったんだ。『あなたの絵は、どこか懐かしい風景を描いているみたいですね』って。その言葉が、私の心に深く響いた」

「ある日、私は思い切って告白したんだ。この店で、この席でね。そしたら彼女は……」


おじさまは言葉を切り、少し照れたように微笑んだ。


「その日のことを、今でも鮮明に覚えているよ。君のおばあちゃんが淹れてくれたコーヒーの香りが、とても甘く感じられたんだ」

「へえ、良い話ですね」

「君のおばあちゃんが写真を撮ってくれたのをいまだに大切に持っているよ」


おじさまの優しい笑顔は、まるで遠い昔の恋を愛おしむ少年のようだった。


「彼女は、もういないんだ。でも、この店に来ると、今も彼女がそこにいるような気がする。君のおばあちゃんのコーヒーと、この店が、彼女との思い出を繋いでくれているんだ」


おじさまはコーヒーを飲み干すと、満足そうに微笑んだ。


「素敵な思い出を、ありがとうございました」


雪がそう言うと、おじさまは立ち上がって、優しく雪の頭を撫でた。


「ありがとう。君のおばあちゃんにも、よろしく伝えてくれ。また、来るよ」


おじさまはそう言い残し、ゆっくりと扉を開け、静かに去っていった。雪は、その背中が見えなくなるまで、じっと見送っていた。

その日の夜

閉店後のカフェ「ノスタルジア」に、雪は一人で残っていた。昼間の賑わいが嘘のように静まり返った店内は、ひっそりとしていた。おじさまが座っていた窓際の席を見つめながら、雪はカウンターの奥に飾られている一枚の写真に目をやった。

写っているのは、若い頃のおばあちゃんだ。にこやかに微笑み、コーヒーを淹れている。その隣には、少し照れたように微笑む、どこか見覚えのある男性が写っている写真があった。駆け出しの画家だった時のおじさまだろうそして、隣に一人の女性が立っている。優しそうな眼差しで、手に一冊の本を抱えている。

『遠い日のノスタルジア』

その本のタイトルを心の中でつぶやいた。小さな画家、そして司書。とても楽しそうに笑っていた。雪は、写真から目を離すことができなかった。おじさまの話は、雪にとって、ただの思い出話ではなかった。それは、雪が生まれる前の、このカフェ「ノスタルジア」の歴史そのものだった。


「おばあちゃん、写真の中のあなたは、とても幸せそう」


雪は、小さくつぶやいた。おじさまが言った「君のおばあちゃんのコーヒー」という言葉が、雪の心に深く響いていた。おばあちゃんは、この店を、そして自分の淹れるコーヒーを、心から愛していた。そして、その愛が、たくさんの人々の思い出を育んでいたのだ。おじさまにとって、この店は、彼の人生で最も大切な出会いの場所であり、そして永遠の別れの場所だった。

雪は、おばあちゃんが使っていたコーヒー豆を取り出した。同じ豆、同じ淹れ方。おばあちゃんが大切に守ってきたこのカフェを、雪が引き継いでいる。それは、単に家業を継ぐということだけではない。おばあちゃんの思い出、そしておじさまのように、この店に大切な思い出を持つ人々の心を、雪が受け継いでいくということだった。

雪は、ゆっくりとコーヒーを淹れた。店内に広がる香りは、おじさまが「懐かしい」と言った、あの頃の香りなのだろう。カップに注がれた温かいコーヒーをカウンターに置くと、雪はそっとつぶやいた。


「おじさま、またいつでも来てください。このコーヒーとお店は、いつでもあなたを待っていますから」


「雪ー?大丈夫?」

「大丈夫ですよ。良かったらコーヒー飲みませんか?」

「いいのか?じゃあもらおうかな」

「今入れますよ、待っててください」


カウンターにつく雪はとても様になっている。

手慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれた。


「雪が入れたコーヒーが一番美味しいよ」

「お世辞ならいらないですよ?」


「お世辞じゃないって。雪のコーヒーは、本当に美味しいんだから」

カップをカウンターに置くと、雪に向かって笑いかけた。その表情は、先ほどのおじさまが「懐かしい」と言った時とはまた違う、親しみと信頼に満ちたものだった。


「ほら、透さんのくせに、変に気取らないでくださいよ」


雪はふきんでカップを拭きながら、少しいたずらっぽく言った。


「透さんがきた時のオムライス、また作ってくださいよ」


透はカウンターに肘をつき、少し遠い目をした。


「もちろん。言ってくれたらいつでも作りますよ、雪様」


雪の言葉に、透はくしゃっと笑って首を振った。

雪は、透の顔を見た。いつものように、気取らない、でも芯のある笑顔だった。


「ありがとうございます、透さん」


雪もカップを手に取り、一口コーヒーを飲む。苦味の奥に、ほのかな甘みと、確かな温かさがあった。


「さてと、そろそろ仕込みしないと。明日はまた新しい一日が始まるからな」


立ち上がり、雪の淹れたコーヒーの余韻に浸るように伸びをした。雪は、飲み干したカップを静かに受け取り、丁寧に洗い始めた。

雪の立つカウンターの向こうには、午後の夕焼けが差し込んでいる。店の奥からは、小さなジャズのメロディーが、いつもと変わらず流れていた。

洗い物をしている雪が聞いてくる。


「明日もたくさん来てくれると良いですね」

「そうだな。たくさんの人が来てくれると良いな」

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