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いらっしゃいませ!カフェノスタルジアへようこそ!


「いらっしゃいませ!」


都内の駅から程近いカフェで働く俺は、世の中はクリスマスムードの中、アルバイトとして忙しく働いていた。


「すみませーん」

「はーい、少々お待ちくださいー!」


クリスマスでカップルがイチャイチャしている中、顔をぶん殴りたくなる中営業スマイルをしつつバイト終わりに早くなって欲しいものだと思いつつ働く。



「お疲れ様、今日はありがとね。上がって良いよ」

「分かりました。お疲れ様です。」


やっと仕事が終わり、雪が降り頻る中、駅まで急いで行く。


すると急ぎすぎたのか、足を滑らせすっ転ぶ。頭をぶつけた瞬間、意識が遠のいていった。



「…?…ぶですか?大丈夫ですか?」


目が覚めると、真上に女の子の顔があった。その頭には、サラサラとした黒色の髪に隠れるように、ぴこっとした可愛らしい猫耳が生えていた。

「良かった!気がつきましたね、大丈夫ですか?道で倒れてましたが…」

「あ、ありがとう… あれ、ここどこだ?」

「ここは王都ですけど…」

女の子の言葉に、俺は一瞬で血の気が引くのを感じた。王都? 俺は東京にいたはずだ。

雪が降りしきる中、駅まで急いでいる最中に転んで頭を打った。それまでは確かに、クリスマスを楽しむカップルを横目にバイトに精を出していた。


「あ、すみません。頭を打ってしまって、少し混乱しているようです」


咄嗟にそう言って誤魔化す。頭を抱えながら周囲を見渡すと、見覚えのない街並みが広がっていた。中世ヨーロッパを思わせる石畳の道、レンガ造りの建物。行き交う人々は、剣を腰に下げたり、奇妙なローブを羽織っていたりする。そして、ちらほらと人間以外の特徴を持った人たちも通っている。誰も疑問に思ってない辺り、これが普通なのだろう。

まさか、夢か? いや、五感が訴えかけてくる現実感は、夢とはかけ離れていた。


「よかった、とりあえず落ち着いたみたいで」


俺の様子を心配そうに見つめていた、猫耳の女の子は、安堵したように微笑んだ。


「大丈夫です、家は近いので、よかったらどうぞ」


俺は彼女の優しさに甘え、ついていくことにした。彼女の家は、人通りの少ない路地裏にある、古びた一軒家だった。中に入ると、ほのかに香ばしい匂いが漂ってくる。暖炉の火がパチパチと音を立て、心地よい温かさが体を包み込んだ。


「どうぞ、座ってください」


彼女はそう言うと、奥の部屋に入っていった。しばらくして、何かを淹れているような音が聞こえてくる。やがて、彼女は小さなカップを二つ持って戻ってきた。


「はい、どうぞ。おばあちゃんから教わった、飲み物なんです」


カップから立ち上る湯気は、俺が毎日淹れていたコーヒーの香りに似ていた。一口飲むと、その香ばしさと優しい味わいに、緊張で張りつめていた心がふっと軽くなるのを感じた。


「おいしい……」


思わず口からこぼれた。


「よかった!」


彼女は、俺の言葉に嬉しそうに微笑んだ。


「王都には、あなたみたいな人、珍しいですけど、時々来るんです。おばあちゃんは、そういう人たちを助けていたみたいで……だから、私が継いでいるんです」


その言葉に、俺は彼女がただの親切な人ではないと悟った。そして、彼女が淹れてくれたこの飲み物が、俺の知るコーヒーに似ていることに、不思議な縁を感じた。


「そうだ、まだ名前を聞いていませんでしたね。私は雪って言います。」

「俺は月島透。透で良いよ」

「分かりました、透さん!」


雪は、嬉しそうに微笑んだ。


「透さん、お腹空いてませんか?何か食べますか?」


差し出された言葉に、転移してからろくに食事をとっていなかったことを思い出した。素直に「お腹空いた」と答えると、雪は嬉しそうに台所に向かう。彼女が手早く焼いてくれたパンは、元の世界では見たことのない形をしていたが、バターとハチミツがたっぷり塗られていて、疲れた体に染み渡るように美味しかった。

食事を終え、ふとスマホを取り出してみた。


「やっぱ電波は繋がらないか…」


雪は何も言わず、ただ静かに耳を傾けてくれた。スマホを取り出して見せると、電波が通じないほぼ意味のないスマホを見た彼女は、不思議そうな顔をしながらも、俺の言葉を信じてくれているようだった。


「…そうなんですね。でも、透さんは運が良かった。おばあちゃんは、見知らぬ人には優しくしなさいって言ってたから」


雪の言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。本当に、運が良かった。もし彼女が声をかけてくれなかったら、俺はどうなっていたかわからない。

それから数日、俺は雪の家に居候させてもらうことになった。元の世界に帰る方法も、この世界で生きていく術もわからない俺にとって、雪の存在は唯一の光だった。彼女は、俺が何を話しても真剣に聞いてくれたし、時折見せてくれる無邪気な笑顔が、俺の心を救ってくれた。

ある日、雪が淹れてくれた珈琲を飲みながら、俺はふと、元の世界で働いていた喫茶店のことを思い出していた。懐かしい香りと、慣れ親しんだ味が、この見知らぬ世界にいることを忘れさせてくれた。


「雪の淹れる珈琲、すごくおいしいな。俺が働いていたお店の味とそっくりなんだ」


そう言うと、雪は少し照れたように笑った。


「…良いけど何が出来ても文句言わないでね?」


俺の言葉に、雪は無邪気に頷いた。


「はい!透さんの料理、きっと美味しいです!」


雪に促されるままキッチンに入ると、そこには見慣れない食材と、古びているが手入れの行き届いた調理器具が並んでいた。元の世界で一年半アルバイトをしていたおかげで、調理器具の使い方はすぐに理解できた。しかし、食材は未知のものばかりだ。

この世界に来てから、ろくに食事をとっていなかったこともあり、空腹が限界に達していた。冷蔵庫を漁ると、見たこともない野菜と、卵に似た丸い食材、そして薄くスライスされた肉のようなものを見つけた。

(この世界の食材で、俺に作れるもの……)

頭の中で、元の世界で培った知識と、手持ちの食材を照らし合わせる。そうだ、これならいけるかもしれない。シンプルだけど、喫茶店では人気メニューだった一品。

きっと雪も気にいるだろう。

俺は雪に声をかけた。


「雪、フライパンある?」

「ありますよ!」


雪が嬉しそうに頷くと、俺は手際よく調理を始めた。フライパンに火をかけ、温めたところに油をひく。卵を溶いて、塩胡椒で味を整える。慣れた手つきでフライパンを揺らしながら、柔らかく焼いた卵を、ケチャップライスの上にふわっと被せる。

「わあ、すごい……!」

雪は目を輝かせながら、俺の手元をじっと見つめている。この光景、どこか懐かしいな、と俺は思った。元の世界で、子供連れのお客さんが、俺が料理を作る様子を興味深そうに見ていたのを思い出す。

完成したのは、見るからに美味しそうなオムライスだった。雪の前に差し出すと、彼女は目を丸くして感嘆の声を上げた。


「これ、なんていう料理なんですか?」

「オムライスっていうんだ。俺がいた世界じゃ、すごくポピュラーな料理だったんだ」


雪は、スプーンを口に運んだ。一口食べた途端、彼女の顔がぱっと明るくなった。そして、子供のように無邪気な笑顔で言った。


「おいしい……!こんなに美味しいもの、初めて食べました!お店に出せるぐらいですよ!」


その無垢な笑顔は、この数日間、俺の心にこびりついていた不安を、一瞬で溶かしてくれるようだった。


すると雪が何かを決心したように口を開いた。


「実はここ、おばあちゃんがカフェをしていたんです。だから調理器具とかもたくさんあって、でも私だと使い方がわからないものも多くて!」


雪は一生懸命話してくる。


「透さんなら使い方をわかるし、とっても美味しいから、私と一緒に!…カフェをやりませんか?」


…本当に出来るのだろうか。カフェで働いていたとはいえ、アルバイトを少しだけだ。

店長や社員の仕事を見てはいたが、自分の店を持つなんて、考えたこともなかった。


「……できるかな。俺、アルバイトを少しだけ経験しただけだぞ?」


不安が口から出た。王都の食材や文化も知らない。この世界では、元の世界の知識がどれだけ通用するかもわからない。そもそも、この家をカフェにするとなると、色々と準備も必要だろう。

すると、雪は俺の不安を見透かしたように、俺の手をぎゅっと握った。


「大丈夫です!私、コーヒーを淹れるのは得意です。それに、透さんはとっても美味しい料理を作れる。二人で力を合わせれば、きっと大丈夫です!」


雪の瞳は、未来への希望に満ちていた。彼女の無垢な信頼が、俺の中に燻っていた不安を少しずつ溶かしていく。そうだ、俺はもう一人じゃない。この世界で一人ぼっちだった俺を救ってくれた雪が、隣にいる。

俺は、意を決して顔を上げた。


「……わかった。雪、俺とこの家で、カフェを始めよう」


俺の言葉に、雪は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、まるでクリスマスに贈られた最高のプレゼントのように、俺の心を温めてくれた。

こうして、俺と雪の、カフェを開店に向けて準備を始めた。


まずは店の清掃だ。長年使われていなかった家は、隅々まで埃を被っていた。窓は煤で汚れ、床は薄暗く、一見するとカフェとは程遠い場所だった。俺は元の世界での喫茶店アルバイトで培った知識を総動員し、店のレイアウトを考えた。


「雪、この棚は食器を置く場所にして、こっちのスペースは客席にしよう」


俺が指示を出すと、雪は埃まみれになりながらも、楽しそうに俺の手伝いをしてくれた。ほうきで床を掃き、雑巾で窓を磨く。二人の作業が進むにつれて、薄暗かった店内は少しずつ綺麗になり、明るくなっていく。

清掃を終えると、次は備品の準備だ。この世界の通貨は、俺が持っていた日本の硬貨とは全く違う。幸い、雪が祖母から受け継いだという、わずかな金貨と銀貨があった。

雪も計算ができるらしく、なんとかなりそうだ。俺が市場に行こうとすると雪が袖を引っ張ってくる


「私も、行ってもいいですか?」


雪が不安そうに俺を見つめる。一人で買い物に行くのは、彼女にとって少し怖いことだったのだろう。俺は、雪が寂しい思いをしないように、一緒に市場へ行くことにした。

市場は、俺が知るスーパーマーケットとは全く違う、活気に満ちた場所だった。見たこともない野菜や果物、香辛料が所狭しと並んでいる。言葉の壁は乗り越えられたが、交渉術は全くの素人だ。


「このリンゴみたいな果物、いくらですか?」


店の主人は、俺の見慣れない服装を見て、少し訝しげな顔をした。


「そいつはポムの木の実だよ。お兄さん、旅人かい?まけてやろう、銀貨三枚だ」


元の世界の物価が分からない俺は、それが高いのか安いのかも分からなかった。結局、言い値でいくつかの食材と、この世界にはないだろうコーヒー豆の代わりに、似た香りのする黒い豆を買い揃えようとした、その時だった。

雪が店の主人に駆け寄り、満面の笑みで言った。


「お兄さん、この人、美味しいご飯作ってくれるんです!だから、もっと安くしてあげてください!」


雪の無邪気な一言に、店の主人は目を丸くした。そして、俺と雪を交互に見つめ、少し戸惑ったように顔を掻いた。


「はは、雪ちゃんには勝てないな。よう坊主、いい娘さんを持ったじゃないか。分かったよ、銀貨二枚でいい。おまけに、これも持って行きな」


主人は、ポムの木の実を一つ追加してくれた。雪の純粋さが、俺の交渉術のなさを補ってくれたのだ。

店に戻ると、俺は雪に頭を撫でた。


「雪、ありがとう。雪のおかげで安く買えたよ」

「えへへ、どういたしまして!」


雪は嬉しそうに微笑んだ。その無邪気な笑顔は、俺の不安を少しずつ取り除いてくれた。この世界には、俺の知っている味と、雪の持つ不思議な力がある。そして、その二つを必要としてくれる人がいるかもしれない。


「マスター、これ、なんていう料理ですか?」


俺は雪に、ふわふわのパンケーキと、熱々のオムライスを作って見せた。フライパンの上でとろとろになった卵が、ご飯の上にふわりと被さる様子を見て、雪は感嘆の声を上げた。


「わあ、すごい……!魔法みたいです!」


その無邪気な笑顔は、俺の不安を少しずつ取り除いてくれた。この世界には、俺の知っている味と、雪の持つ不思議な力がある。そして、その二つを必要としてくれる人がいるかもしれない。

店の準備を進める一方で、俺は雪に様々なことを尋ねた。この世界の文化、人々の暮らし、そして彼女自身の過去。雪は、少し寂しそうに、そして少し照れくさそうに、ゆっくりと話してくれた。


「おばあちゃんは、私が小さな頃に死んでしまって…それからはずっと、一人でした」


俺は何も言わず、ただ彼女の話に耳を傾けた。雪が淹れてくれるコーヒーは、その香りと味が、俺の心を温めてくれた。それは、俺が元いた世界で淹れていたコーヒーに似ていた。しかし、それだけではなかった。


「雪、この珈琲、本当に美味しいな」

「ありがとうございます!おばあちゃんから、大切な人が飲むときは、心を込めて淹れなさいって教わったんです」


雪はそう言って、少し照れたように笑った。俺は、この珈琲には雪の優しさと、人を想う心が詰まっているのだと悟った。

一ヶ月後、ようやく店の準備が整った。古びた一軒家は、温かい木の香りが漂う、居心地のいい空間に生まれ変わった。俺は店の看板に、透の故郷への思いと、このカフェが人々にとっての安らぎの場所になるようにという願いを込めて、「カフェ・ノスタルジア」と書いた。

開店前夜、雪は緊張した面持ちで俺に言った。


「透さん、明日、お客さん来てくれるかな?」

「大丈夫だよ。俺の料理と、雪の魔法の珈琲があれば、きっとうまくいくさ」


俺は雪の肩にそっと手を置いた。彼女の不安は、俺の不安でもあった。しかし、二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられると信じていた。そして、運命の朝を迎えた。


王都の賑わいから少し外れた石畳の通りに、その店はひっそりと佇んでいた。通りに面した小さな看板には、拙い文字で「カフェ・ノスタルジア」とだけ書かれている。開店準備を終え、店の扉に手をかける


「よし」


元いた世界での喫茶店でのアルバイト経験は、意外に結構役に立った。

コーヒー豆らしき植物の見分け方、この世界に似た野菜や果物の判別、そして何よりも客への接し方。それらを総動員して、ようやく今日、このカフェをオープンさせるのだ。

店の奥から、雪が透の元へと駆け寄ってくる。彼女は、透が作った新しい制服に身を包み、少しはにかんだような笑顔を浮かべていた。


「透さん、本当に今日から始めるんですか?」


雪の声は、透がこの店を持つと決めた日からずっと抱えていた不安を、少しだけ和らげてくれた。


「ああ。不安はあるけど、やるしかないからな。雪、準備はいいか?」

「はい! 透さんの作ったご飯、きっとみんな気に入ってくれます!」


彼女の笑顔と、その呼び方に胸に温かいものが込み上げてくる。転移者だった透にとって、雪の存在は、この世界で初めて見つけた確かな居場所だった。

大きく頷き、Openの札をかける。


「雪、写真撮らないか?」

「はい!」


カメラを使って写真を撮る。

その後ドアを開け店内に戻る。


「雪ー。コーヒーを一つ入れて欲しいな」

「はーい!」


雪がコーヒーを入れだすと香りが、ひっそりとした通りにゆっくりと広がっていく。

やがてお客さんが来たようだ。

ドアベルが鳴ると雪が入り口に駆け出し、初めてのお客様にご挨拶をする。


「いらっしゃいませ!ノスタルジアにようこそ!」

こんにちは、そしていらっしゃいませ。翠です。

今回から並行して新しく制作することにしました。

ゆっくりと更新していくのでごゆっくりご覧ください。

雪と透のカフェ物語のはじまりはじまり〜

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