8、お姫様のお姫様
危害を加える者はいないと言っていたのはどこへいったのか。
思わずお兄様をみるも、お兄様も驚愕の表情をしている。
案内してきた侍従はおろおろしつつも、レイモンドを連れてきたときの状況を教えてくれた。
レイモンドがいないので探しているときに、庭園の物陰から声と物音が聞こえたので覗いてみると、そこには倒れているレイモンドと兄のウィルフレッドがいた。
その場面を見られたウィルフレッドはくそっと言って去っていったそう。
「……急ぎ、頬を冷やすものを用意してくれ」
「かしこまりました」
侍従は急いで応接室から出て行った。
「……お兄様」
「ああ、よほどの大馬鹿者がいたようだ……」
「……何があったのか、教えてもらえる?」
念のためレイモンドからも話を聞こうとするも、無表情なまま首をかしげている。
「……?何がとは……ただ殴られただけですが……」
なぜそんなことを聞くのかとても不思議だ、とでも言わんばかりの声音で答えたレイモンド。日常的に暴力を振られていることは明らかで、ただそれを当たり前と受け入れている状況に胸が痛くなる。
レイモンドの表情が変わらないのも、きっと、感情を殺さなければやっていけないほど過酷な目にあっているだろうことが想像できる。
以前の自分と同じかもしれないと思ったのは、間違っていなかった──
レイモンドのこの様子には身に覚えがあった。
私も孤児院にいたころは殴られるのは日常で、それが普通で当たり前なのだと思っていたから。
でも今は違うともうわかっている。テオ兄に会ってから、そして城に来た2年間でそれはよくわかった。
「……なんと言って殴られた?」
「……「お前ごときが王女と仲良くなれるとは思わないことだな。なぜ俺を紹介しないんだ」と言っていました」
「……くだらない」
お兄様は険しい表情をして冷たい声をだした
こんな時はどうすればいいのか。考えるんだ。
そんなとき思い出したことがあり、これだ!と思った。
私はレイモンドの前まで来て跪き、手を取った。
「レイモンド!私のお姫様にならない?」
「──は?」
声をだしたのはお兄様で、ぽかんとして私を見つめる。
またレイモンドもきょとんとした目を私に向けていた。
彼の年相応の少年のような反応を見入るのは初めてで、少し嬉しくなる。
「絵本で読んだのです。お姫様は王子様に守られていました。私が王子様となりレイモンドを守ります」
そう、思い出したのはテオ兄に読んでもらった魔王を倒す物語の絵本。その絵本では王子様がお姫様を守っていた。私が大魔法使いを目指すきっかけにもなった絵本である。
得意気にいって胸をたたくも2人は固まったまま動かない。
我ながらいい案だと思ったのだが、よくないのだろうか。確かに性別は逆だけど。
そんなときに先ほどの侍従が氷と濡らした布をもって戻ってきた。部屋の変な空気を感じ取ったのか困惑しつつも、てきぱきと氷を濡れた布でくるみレイモンドの頬にそっとあてた。
手当されているレイモンドをしばらくみつめていると、顎に手をあてて考え事をしていたのか、お兄様がぽつりと言葉を漏らした。
「……たしかに、それはいいかもしれないな」
いきなりの言葉に一瞬なんのことかと思うも、すぐに先ほどの自分の発言を思い出す。
「そうですよね!私が剣で……」
「いや、それはいい。父上にも相談してみるから少し待ってくれるか。君は今日怪我したから泊まっていくといい」
「いえ、それは……」
「エスパーダ公爵にはこちらから伝えておく。このままだとルーナのためのお茶会で、怪我人をだして何もしなかったことになる。ルーナの顔に泥を塗りたいのであれば帰ってもいいが……。私の可愛い妹にそんなことは考えていないよな?」
お兄様が笑顔ですごむとレイモンドは戸惑ったように瞳を揺らし、こくりとうなずいた。
そしてその後は、そのままとんとん拍子にレイモンドは私のお姫様になることになった。
婚約者という名前の。正確には婚約者候補だけど。
これでレイモンドを守れる、テオ兄に一歩近づけたのではと私は満足していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「父上、よろしいですか」
「ん?セオドアか。どうした?」
急ぎのため皇太子である父上の執務室に行き、先ほどの話をした。父上は会議がちょうど終わったところだったようで、まだこの話は聞いてなかったようだ。
「なるほど、そんなことが……。ふふっそれにしてもルーナもまた突拍子のないことをいうものだ」
「でも考えてみてもいいのではないかと思いまして。先日他国の王族とかから縁談の話がくるかも、とお話しされていたでしょう?私はやっと会えた妹を他国になんかやりたくありません」
「たしかにな……それにまさかレイモンドがそんな仕打ちを受けているとは知らなかった。一度、影でも使って状況を確認する必要はあるが……。前エスパーダ公爵は私の命の恩人だ。その子供がそんな目にあっているのを知りながら見て見ぬ振りができるほど私は腐っていない。レイモンドをルーナの婚約者に……」
言葉の途中で父上は顎に手をあて考え始めた。
「しかし魔力がないと言われているんだったか……。私としては構わないが、それでルーナが悪く言われることは避けたいな」
「それは今後のレイモンド次第かとは思いますが……」
「まあ、それもそうだな。それではひとまず婚約者候補ということにしようか」
「……父上、ただ単にルーナに婚約者ができるのが嫌なだけではありませんか……」
「そ、そんなことは……まあ。あるけどない」
「それはどっちなんですか……まあいいです。ではそういうことでお願いしますね」
「わかった。あとはやっておくから安心するといい。報告ご苦労」
自分のことは棚に上げて、娘離れできない父親に呆れながらも話が決まったところで執務室をあとにする。
普段忙しい父上と話がすぐにできてよかった。
(あとはレイモンドの努力次第かな……)
レイモンドがただルーナの存在に甘えて何もしないのであればこの関係は終わらせる。そういった意味でも婚約者候補という中途半端な立場は丁度よいのかもしれない。
そんなことを想いながらルーナに良い報告ができる、と軽い足取りでルーナリアの部屋に向かうのだった。
これからレイモンドが自身を鍛えに鍛えて16歳にして国一番の騎士といわれるまでになるなど、そのときセオドアは全く思っていなかったのだった。
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