52、そんなの、許さない
レイモンド視点です。
ルーナがいきなり議会に乗り込んできて、信じられないことを言って出て行った。
ルーナが出て行ったあとも、議会室はざわめいていた。
けれど、俺の耳には何も入ってこない。
——気づけば、俺は立ち上がっていた。
(さっきのルーナは……一体どうしたというんだ?)
そう思ってしまうほど、いつも見ていたルーナとはかけ離れていた。
今は精神的にも不安定なことはわかっている。
表情がないことはいいとしても、自分に対して命令口調で話すことはほぼない。
それこそルーナと呼びなさい、と言われた時くらいではないか。
まだ先ほどのことが自分の中でも整理しきれていないが、そのときにちょうどルーナの後姿が見えた。
今にも消えてしまいそうに見えたその後ろ姿に、焦燥感が込み上げる。
「ルーナ!!」
咄嗟に名前を呼んだ。
掴むようにその細い手首に手が伸びたのは無意識だったが、振り払われることはなくて安堵する。
しかしこちらを振り向いてはくれない。
そのまま返事をするルーナに、どうすればいいのかわからなくなる。
いくら言葉を重ねて説得しても、ルーナは考えを変える気はないという。
ルーナが望むなら、などとは思えず、彼女が他の男のものになると考えるだけで気が狂いそうだ。
彼女の笑顔も、優しさも、その存在すべてを自分だけのものにしてしまいたい。
——誰にも彼女に触れさせたくない。
そんな俺の後ろ暗い気持ちが湧き上がってきたところで、やっと目があったと思うと、俺が最も恐れていたことを言われた。
——俺が絶対に譲れないこと。
「レイとの婚約も……候補だから必要なのかわからないけれど。それも解消しておかなきゃね」
嫌だ。このままルーナがいなくなるなんて耐えられない。
好きなんだ、ルーナ、どこにも行かないで。
どうしたって、何をしたって、諦められる気がしない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか。
ルーナはさらに追い討ちをかけてくる。
──弟みたいなもの。
それは、わかってた。
自分に向けるまなざしはいつも、慈愛に満ちたものだったから。
それでも。
俺の気持ちが変わることはありえない。
その気持ちを伝える。
でもそのときに見たルーナの顔が。
あまり表情はなくとも、泣くのを堪えてるのがわかって。
そんな泣きそうな顔で、言わなくていいから。
お願いだから、そんな顔しないでほしい。
俺は、そんな顔をみたいわけではないんだ。
泣かせたいわけじゃない。
苦しめたいわけでもない。
「レイには私よりも、もっとお似合いの人がいるわ」
「──っそんなこと、ルーナに言われたくない」
そんな辛そうな顔をしながら俺を拒絶するのも、俺を傷つけると分かっていながらいろいろ言っていることにも、理由があるのは分かっている。
戦争を阻止したいのだろう。
自分が嫁ぐかどうかで、大勢の人の命がかかっているのだ。
——ルーナはとても優しい人だから。
自分のせいでほかの人に危害が及ぶことなど、望んでいないことはわかる。
だが、それだけは受け入れられなかった。
——ルーナだけが、俺の全てなのに。
幸せにしたいはずのルーナにこんな表情をさせてしまっている自分が情けない。
どうしてこんなことになるんだ──
ルーナがいなくなる。
俺のそばからいなくなってしまう。
俺から、逃げる──?
もうこれきりで彼女を永遠に失うかもしれないと思ったら、心がぐちゃぐちゃになった。
暗く、ドロドロした感情が喉元まで込み上げる。
そして、気づけば口にしていた。
「そんなの、許さない」
俺の全てはルーナのものだから。
ルーナのためならなんだってする。
──彼女を手放すこと以外ならば。
ハッと我に返る。
このままではこの暗い気持ちに飲み込まれて、ひどいことをルーナにしてしまいそうだ。
そのまま彼女の顔を見ることができなくなり、ルーナに背を向けてその場をあとにした。
今彼女の顔をみても、ろくな言葉が出てこないと思ったから。
無理やり激情を押さえ込み、深く息をしながら落ち着かせる。
少し落ち着いてきたところで、改めて思うことは。
俺は、ルーナに笑っていてほしい。
——ただ、それだけなんだ。
(まずはテオドール殿下のところに行くべきか)
ひとまず彼がいる客室のほうへ歩いていると、フェリシアに出くわした。
「レイモンド!ちょうどいいところに!ルーナが、嫁ぐって聞いて……!」
つい先ほどのことなのに、さすがに耳に入るのが早い。
話を聞くと、たまたま宰相であるコラソン公爵に、差し入れを届けたところだったそうだ。
そこでちょうど戻ってきたコラソン公爵の会話を聞いてしまったとのことで。
「それは、本当のことです……。私も今、説得しに行ったのですが、まったく聞く耳を持たれませんでした」
「……あの子、変なところで頑固なのよね……」
「ひとまず、テオドール殿下のところへ行こうかと……」
「話は聞いたよ」
フェリシアと話していると、後ろから声が聞こえた。
振り返るとまさに今、会いに行こうとしていたテオドール殿下だった。
(それにしても、なぜうしろから……?)
王族居住区域のほうから戻ってきたため、後ろはそれ以外何もないはずだが。
そう考えている間にも、話が長くなると困るから、僕の部屋で話そうと案内された。
部屋に入ったところで、メイドがお茶を手早く用意して部屋から出ていき、3人だけになった。
「僕は明日の早朝、国に帰ろうと思う。……ちなみに、僕を人質にしても無駄だからやめておいたほうがいい。あの人からしたら僕はただの駒の1つでしかないからね」
「え……?貴方は王太子なのよね?」
「まあ、そうなんだけど……」
先日俺や陛下方に話したことと、同じことをフェリシアにも説明している。
一通り説明が終わったところで、俺も話を持ち掛けた。
「私も、テオドール殿下に協力させてくれませんか」
「………」
「レイモンド、何を言っているの……?他国の人間が容易に手を出していいことではないわ」
「そんなことはわかっています。でも……ルーナを守るためには、できるだけ短期間でこの話自体をなかったことにするしかないんです」
「そうかも、しれないけれど……」
しばらく黙ってフェリシアとのやり取りを聞いていたテオドール殿下は口を開いた。
「それは、願ってもない話ですね。実は、僕からもお願いできないかと思っていたところです。正直、準備が十分とは言えない状況で、どれほどのことができるのかわからないので……」
「ありがとうございます」
「でも。命の保証はできない。それだけは心得ていてほしい」
「承知の上です」
テオドール殿下は、自分の命をかけて今回ことを起こす。
なのに一緒に行きたいと思っている俺が、命が惜しいなどとは言っていられない。
「でも……!!2人に何かあれば、ルーナは悲しむわ……!!」
フェリシアが泣きそうになりながらも、俺たちに訴えた、そのとき。
コンコンっとノックの音が響いた。
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