49、その笑顔は
そして1週間ほどが過ぎ、輿入れの前日になった。
あのあとすぐにコラソン公爵も動いてくれたのか、すぐにネージュラパン王国から了承の返事がきた。
さすがに王女の輿入れということで期間も短いため、準備が怒涛の勢いで行われた。私もドレス合わせなどで目が回る忙しさだった。
テオドール殿下は私が議会に乗り込んだ日の翌日早朝に国に帰っていった。
私には事後報告だったからお見送りは残念ながらできなかったけれど、ネージュラパン王国に嫁ぐのだからすぐに会えるだろうと思いなおした。
あれからレイには会えていない。
喧嘩別れのようになってしまったけれど、最後はきちんとお別れをしたいと思っているのに。
(まさか、あれから会えないなんて……)
今までこんな長期間会えなかったのは、ドラゴン討伐のときくらいだ。長期間と言っても1週間だけれど。
こんなことになるならもう少し言葉を考えればよかったか。
そう思っても、やっぱり私にはああ言うしか選択肢はなかった気がする。
お父様とお兄様も忙しいのか、会えていない。お伺いを立てても今はまだ忙しいとの返事しか来ないのだ。私が忙しいのもあるが、ほぼ毎日一緒に食べていた夕食でさえも別になっている。
(お父様とお兄様とも、きちんとお話ししたいのに……)
呆れられてしまったのかもしれない。少し寂しく思いながらも、感傷に耽る暇はなかったけれど。
あれからナタリーも何か聞いたのか。むすっとして私に接してくる。
ナタリーを侍女として連れていくことはない、と告げたらなおさらひどくなった。
(だって、せっかくできた恋人とお別れさせるわけにはいかないし……)
簡単に死ぬつもりはもちろんないが、自分があの黒の魔女や夫となる国王相手に、どこまで何ができるかもわからない。
命の保証なんてないのだから。なおさら連れて行けるわけがなかった。
もちろん、私のために動いてくれることは変わらないのだが、じとっとした目線からは物申したいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
いつもなら遠慮なく言ってくるのに、言ってくれないことに寂しさも感じる。
(私は、どこまで行っても自分勝手ね……)
学園も中途半端なところで退学することになることがとても残念である。
学園の存在を知ってから、ずっと楽しみにしていた。2年生になってやっと実技の演習も入ってきて、これからだったのに。
そんなことを考えつつ、ひととおり準備が終わり休憩していると、一人の騎士がやってきた。
「ディアマンテ公爵令嬢との面会の許可がおりました。いつ頃がよろしいですか?」
「そう、間に合ってよかった……これから行ってもいいかしら」
「はい、大丈夫です。ご案内します」
「ありがとう」
ネージュラパン王国に行く前に、どうしても最後に話をしたかった人。
ちなみにフェリシアには忙しいこともあり会えていない。
明日、お見送りにきてくれるかなと期待している。手紙も送ったし。
シャルロットのことはどうしても、ひどいことをされようとしていたのに、嫌いになることもできなくて。
私を陥れようとする計画の話は聞いたけれど、すべて中途半端に終わっていたと思う。
それは偶然なのか、それとも。
王城の敷地の一角、少し中心から離れたところにある塔に案内される。ここは犯罪を犯した貴族などを隔離するためにある貴族牢だった。
騎士について歩きながらも、思い浮かぶのは楽しかった思い出ばかりで。
「こちらです。どうぞ」
やがて案内されたのは塔の最上階だった。貴族牢というだけあって、生活をするうえで不便はなさそうだが、いささか狭い部屋だった。
「……何しに来たの?私をあざ笑いにでもきたのかしら」
「……シャルロット……」
そこには、やつれてもなお、損なわれていない美貌をもった、友人だと思っていた人。
「……もうあの胡散臭い笑い顔はやめたのね。いつもへらへらしてて、見ていてイライラしていたわ」
「…………」
「……一体何しに来たのよ。何とか言ったらどう?」
やっぱりシャルロットの変わり具合を受け入れられず、言葉をすぐに返すことはできなかったが、時間もそんなにあるわけではない。そのため、あらかじめ考えていた伝えたかったことを、まず伝えることにした。
「……シャルロット。私、感謝しているの。あなたは友人だと思っていなかったと思うけど……私にとっては、とても大切な友人だったから。……今までありがとう」
元気でね、という言葉は呑み込んだ。どういう沙汰が下されるのかまだわからないから。
「はぁ?あなたはどこまで頭がお花畑なの?そんなどうでもいいことを言いに来たの?」
「……私、明日ネージュラパン王国に嫁ぐの。だから、最後に会っておきたくて」
「は……?レイモンド様はどうするのよ」
「……レイとも、お別れね」
「ちょっと!!なんでそんな簡単に手放そうとするのよ!!」
「簡単にってわけじゃ……」
「あなた、レイモンド様の気持ち、もうわかっているんでしょ?!なのに、どうして……」
レイのことになると感情が大きく動くようで。
それにしても、シャルロットは私がネージュラパンの側妃として連れてかれることをわかっていたと聞いたのだけど。この反応でよくわからなくなる。
それでも自分の考えを伝えておきたくなった。
「……私ね。どうしても戦争をしてほしくないの。どう考えても、レイは最前線に行くことになるでしょう?命令を聞くしか選択肢がない、そんな人たちをレイが殺さなければならない……そんなこと、させたくないの」
「……は?それだけのために?」
「それだけのためって……私が行くことで、大勢の命が危険に晒されることがなくなるのよ」
「ふざけないで!!あんなに大切に想われておいて……どうして……どうして、どんなことをしてもそばにいてあげようと思わないのよ!」
そばにいたい。それは本当に、そう思うのだけど。私の立場でその選択をできなかった。
何も言えずにいると、シャルロットは言葉を続けた。
「……私だって……私だって、本当はわかってたのよ。私に向けたものだと思いたかったけど……レイモンド様は貴方にしか笑顔をみせないのよ!!この意味が分かる!?どこまで私をみじめにすれば気が済むのよ!!」
その言葉に目を見開いた。
(私の前でしか、笑わない……?)
それは私がレイが無表情の中でも、ある程度感情を読み取れるからなのかと思っていた。
(それは、違ったということ………?)
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