36、最悪の結論
レイモンド視点です。
「そんなことが……」
「そう。だから僕もわからないことは多いけど……リアには記憶がない期間がある。でも今回のことで僕の魔力に影響されていれば、それもどうなっているかわからない」
「……どういう、ことですか?」
「僕たちは双子だと、先ほども話したけど……そのせいか、魔力の質がひどく酷似しているんだ。忘却魔法は……かけたものにしか解けないと、言われているが……」
テオドール殿下は眉間に皺を寄せて考え込んでしまったが、言わんとしていることはわかった。たしかに、可能性はあるのだろう。
双子の前例も話を聞く限りなさそうだ。
意識が戻らないのも、解除された影響があるのかもしれない。
しかもネージュラパン王国の国王が、黒の魔女と結託してルーナを狙っている。
黒の魔女は学園の森で会ったあの女だろう。
今はまだ王城で警備も学園より手厚くなっているし、安全性も高いが、おそらく今後も狙ってくるのだろうことは想像に難くない。
テオドール殿下から聞いた話は情報量が多すぎてまだ消化しきれていない。
しかし何よりも動揺させれたのは。
(テオ兄はもうすでに亡くなっていたのか……)
きっとルーナは知らないのだろう。だから約束を果たすために、頑張って大魔法使いを目指していた、ということか。
ルーナのことを考えると胸が痛い。しかし、憎いとさえ思っていた恋敵はすでに亡くなっていた。しかもルーナを守って。
心境としてはとても複雑で。
さすがに死んでほしいなどとは、思っていなかった。
なんとも言えない気持ちになり、テオドール殿下とともにしばし沈黙する。
しばらく間があったのち、テオドール殿下がまた話し始めた。
「……リアと、初めて会った……セオドア王太子の誕生日パーティーの時の話だが……」
「……ええ」
「リアはやっぱり、兄上が……もういないと、わかっていたよ」
「──は」
──知っていた?
「…………それで………黒の魔女についても、話しておきたい……あれ以来………」
まだテオドール殿下が何か話しているが、衝撃が大きすぎて何も頭にはいってこない。
知っていたということは、わかったうえで果たされることのない約束のために、今まで頑張っていたのか。
いつも体を壊しそうなくらいに、寝る間を惜しんで勉強している。
いくら俺やナタリーなどの周囲の人が言っても、無茶することをやめようとはしなかった。
よく言えば天真爛漫な性格だからなのだと、自分の限界がわかっていないのかと、好奇心が旺盛だからなのだと思っていた。
考え方を変えるとそれはまるで、自分の体がどうなってもいいとでも言わんばかりで──
何かあると王宮の片隅にある湖で星を眺める。
それはテオ兄との思い出の場所に似ていて、落ち着くからなのだと思っていたし、本人もそう言っていた。しかしいつも大体夕方から夜の時間帯だった。
この国の宗教では、亡くなった人は星に還ると言われている──
思い返した今までのルーナの行動が、パズルのピースのように当てはまっていく。
ルーナが今1番力を入れている魔法。それについては教えてもらっていない。魔法研究所の書庫にある古い文献を読んでいたが、俺はただの護衛であるため、その文献を覗き見することも憚られた。
今思えば、ルーナは興味のある魔法はいつもどういうものか教えてくれた。それが書庫の古い文献の内容は教えてくれていない。
さすがに魔法研究所のものだからだと思っていたが──
ただの思い過ごしであれば、それに越したことはない。単なる推測でしかないが。
しかし今考えたことが、間違っていないのであれば──
最悪の結論が自分の中ででたところで、静かな部屋にノックの音が響いた。返事をするとナタリーで、驚くことに泣いている。
──ルーナに何かあったのか。思わず立ち上がった。
「ナタリー、一体ど「うっぐすっ姫様が、目を覚まされました!私は、急ぎ国王陛下とお医者様に知らせて……」「ありがとうございます、ナタリー!」
ナタリーの啜り泣きにより声はかき消された。しかし言葉が終わらないうちに、気づけば中途半端に開けていた扉を勢いよく開け放って駆け出していた。
後ろでナタリーがまだ何か言っていたが、聞く余裕はなかった。
近くの応接室にしておいてよかった、と思う反面、少しの距離が遠くも感じる。
ルーナの部屋の前までつくと、走ったせいではなく、心臓がどくどく音を立てていることにも気づいた。
はやる気持ちを抑えて、ルーナの部屋の扉をノックする。
するとしばらく間があったが、小さくはい、という返事が聞こえた。
「……ルーナ、レイモンドだ。……入って、いいか?」
「……どうぞ」
声にいつもの元気がないことはわかる。震える手をドアノブにかけて、そっとドアを開いた。
ベッドの方へゆっくり近づくとルーナは起き上がっていた。
「……レイ、おはよう。私3日も寝てたのね。自分でもびっくりだわ」
ルーナの顔を見た途端、思わず何も言葉を返すことができず固まってしまう。するとルーナは首を傾げた。
このルーナの表情は何度も見たことがある。今まで俺に向けては見せたことがなかった、公用の微笑みの顔。
ルーナが俺にするのは初めてのことだった。その動揺は大きい。
しかしこれでわかってしまった。
テオドール殿下が示唆していた可能性。それが現実になったのだと──
だが、まだ俺がだした最悪の結論についてはわからない。
ルーナは目が覚めたばかりだから、まだ──
そうして自分を奮い立たせ、いつもと変わらないよう接することにする。
「目が覚めて、よかった。……みんな、心配していたんだ」
「……心配?あぁ、心配……そうね、心配をかけてごめんなさいね」
一瞬不思議そうな顔をしたが、微笑みの仮面は崩れないまま謝られた。
こんな反応をされたことがなくて怯んでしまう自分もいる。
どうするべきか。考えてある間にも外から足音が聞こえる。するとノックのあとすぐにバンっと扉が開いた。
「ルーナ!!!」
入ってきたのは予想通り国王だった。そのため静かに後ろにさがり場所を譲った。
その間もルーナの観察をするが、やはり生気が感じられない。
この状況が深刻であることをひしひしと感じ、焦りばかりが生まれてくる。
しかしそれから程なくして医者も来たことで部屋から出ることになった。
すると部屋からでてすぐに、国王から小声で話しかけてきたが、途中で何かに気づいたのか目を丸くした。
「……レイモンド、ルーナは…………ん?テオドール殿下?どうしてこちらに?」
扉の外では少し離れたところにテオドール殿下がいた。
ルーナの様子は気になるが、さすがに寝起きの女性の部屋に入ることはできなかったようで。
国王は先ほど、ノックもそこそこにルーナの部屋に駆け込んだのを見られたのだと悟ったようだったが、咳ばらいをして気を取り直したようで。
「国王陛下、このような大変なときに誠に申し訳ありません。折り入ってご相談させていただきたいことが」
「相談?」
「はい。ルーナリア様も関わってくる話になります」
その言葉で国王の顔つきが変わった。そして場所を改め、何故か俺も同席のもと話を聞くことになった。
しかし俺はここで視野が狭くなっていたことに気づき、内心深く反省することになる──
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