35、テオドール・ネージュラパン②
そしてまた少したったころ。
2人で図書館に行こうと歩いていた時、通りかかった部屋から声が聞こえた。
「……シュルーク王国の姫は見つかったか?」
「やっと目星がつきましたわ。あんなところに隠しておくなんて……ジャネット様も考えたものですわ」
「王族の直系には瞳に金冠があるから隠すことができないと思っていたが……たしかに王族に金冠があるなんて知っているのは貴族や王都の者だけなのだろうな」
「そこをつかれましたわ。さっそく準備ができ次第、連れてきますわ」
「ああ。これで……やっと私の願いが叶うかもしれない。今はまだ力がない子供でしかないからな。まあ、魔力をすべて吸い尽くしては死ぬかもしれないが、それは粗末ごとだ」
「ふふっ。まぁうまくいくかはまだわかりませんので、それだけは覚えておいてくださいな」
「お前は黒の魔女であろう?しっかりやってくれ」
「なにせ初めてのことなのでどうなるか……私も楽しみにしておりますのよ?」
「ははっあとは…………」
2人で無意識に息をひそめて会話を聞いてしまった。まだ話は続いていたが目を合わせ頷きあい、物音を立てないように急いで自室へと戻った。弾む息を整えながらも小声で囁く。
「……さっきの、リアの、ことじゃない?」
「多分、そうだと思う」
「しかも『黒の魔女』って……」
「……国王陛下はなんで、国際指名手配犯と……」
『黒の魔女』はかつて非道な人体実験を繰り返したとして逮捕されることになったが、それを察知したのか逃走した。残虐非道な行為は国家間で共有され、国際的な指名手配犯になっている。
瞳に金冠があるのはシュルーク王国の直系の特徴なのだとか、ジャネットは誰なのか、魔力を吸い取るとか死ぬなど。初めて知ることや疑問は多くある。
その動揺は収まらないが、リアが狙われていることは間違いないだろうという結論になった。
「僕は急いでリアを助けにいく。このままだとリアは……」
「僕もそれには賛成だけど、どうやって……」
王子とは言え、子供2人の力が大きくないことは身をもって理解している。それでもこのままだとリアが殺されてしまう。
「……宰相に、協力を要請しよう」
「……それしか、ないね」
自分たちの話をきちんと聞いてくれて、力を貸してくれそうな人。それはもう宰相しか思いつかなかった。宰相に話すと馬を貸してくれて、急ぎ私兵とともに兄上が向かうことになった。
そのあとは兄上とリアがただひたすら無事であることを祈って待っていた。
しかし帰ってきたのは、血だらけで顔が真っ青な兄上だけだった。
宰相の私兵の団長に話をきくと、テオバルトが先に行ってしまい、探しているところ、爆発が起こったそうだ。そこへ向かうと血まみれの2人が倒れていたそうだ。
かろうじて意識があった兄上から指示があり、リアは着替えさせたが、そこでテオバルトは意識を失ってしまった。服装で孤児院の子だとわかり、そっと空いている部屋に置いてきたそうだ。
重症の兄上は宰相が秘密裏に手配した医者に診てもらった。しかしもう魔力が尽きかけており絶望的状況で、生きているのすら奇跡だという。
魔力は生命力ともいえるもので、魔力が底を尽きるということは、すなわち死ぬということだ。
ひたすら回復するように祈っていたところ、1週間ほどたって本当に奇跡的に目を覚ました。真夜中で、僕しかいない時間だった。
「あ、兄上……!」
「テオ、ドール……?」
「大丈夫?今医者を……!」
「……いや、いい。無駄だろう………自分の最後くらい、わかる……」
「そんな……」
とてもかすれた声で囁くように言う言葉に、涙が込み上げてくる。話すこともやっとなのだと思い知らされる。
「テオドール……リアのこと……頼んでも、いい?」
「え?」
「約束、したんだ……夢を叶えてまた会おうって……僕は何からもリアを守る人になるって……」
「っ!……そんなの、自分で叶えなよ……!」
往生際悪くまだそんなことを言ってしまう。どうしても、兄上が死んでしまうなんて、信じられないし信じたくなかった。
「頼むよ……テオドールにしか、頼めないから……」
「そ、そんなこと、言って……」
「リア……彼女は僕の救いだったんだ……自分よりも……テオドールと同じくらい、大切なんだ……。生まれてから、生きるか、死ぬかっていう環境しか知らない中で……はじめて僕に、安らぎをくれたんだ」
小さい声で話しながらも、それさえもだんだんと聞こえるか聞こえないかの声量になっていく。
それがどうしてか。理由がわかってしまい涙が溢れて止まらない。
「わかった……わかったよ……」
「黒い魔女……あいつはリアの魔法で……死んでは、いないと思うけど……大怪我をした。少なくてもしばらくは、何もしてこないはずだ……。リアは、忘却魔法をかけたから、僕が怪我をしたことは忘れたはず……初めて使ったから……どこまで記憶がなくなっているか……持続するかは、わからないけど……」
だからか、と納得した。ここまで魔力がなくなったのは、その忘却魔法の影響もあるのだろう
「どうしても……僕の怪我を、あの子が自分のせいだと思ってしまうことが、嫌だったんだ……あの子は、優しいから……何も、悪くないのに……」
「それは、わかった……わかったから。兄上も、頑張ってよ……やっと……やっとこれから、双子として、仲良く、堂々と生きていけると思ったのに……」
「ごめんな……何も、してやれなくて……」
「そんなことない!そんなことはない!けど……」
「俺は、テオドールの兄に生まれて、後悔したことなんてないよ。ずっと、ずっと……俺の大切な……大切な弟だよ。今まで、あり、がとう……」
それが最期の言葉になった。きっと最期の力を振り絞って言葉を伝えてくれたんだと思う。
しばらく溢れた涙が止まることはなかった。大声をだして幼い子供みたいに泣いた。
気づけば朝になっていて、宰相がくるも俺の様子をみて悟ったらしい。痛ましい顔になって、いまだに涙が溢れてやまない僕の背中をさすってくれた。
そしてまたリアの保護のために孤児院に、と宰相にお願いするも、今回の動きが国王にバレたそうだ。
なんで国境付近に向かったのか、理由は誤魔化すことができたが、しばらく行くのは難しいとのことだった。
兄上はすぐに荼毘に付された。茫然自失としている中でも、時間は流れていく。
兄上の言っていたことを1日たりとも忘れることなく、兄上の分も日々精一杯頑張った。
そして、リアがいる孤児院に行くことは叶わず。しばらくしてから孤児院が解体されたようだと宰相は教えてくれた。その後のリアのことを調べさせたが、休戦中の隣国ということもあり情報は限られていた。
兄上の遺言もあるため、どうにか自分で探しに行きたいとの気持ちから方法を探った。
隣国とは休戦中のため、その平和への一歩ということでやっと留学が許されたのは、僕が18歳になったころだった。
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