25、儘ならない日常
それからしばらく経った。その間、ルイーズは突撃してくることはなかった。だが違うことで私は頭を悩ませていた。
「ルーナリア様。次の実技、一緒にペアを組みませんか?」
「ルーナは私のペアなので無理です」
「僕はルーナリア様に聞いたのだが……」
「……」
テオドール殿下が私を交流しようとするも、必ずそばにいるレイが私の代わりに返事をするのだ。私が口を開く前にぴしゃりと言い返す。
さながら番犬のようだ。たしかに護衛ではあるのだけれど。
でも私も一度落ち着いて話をしたいと思っていたのだ。
「テオドール殿下、今度一緒にお茶会でもいかがですか?一度、ゆっくりとお話ししたいこともありますし」
私がそういうと、レイはバッとすごい勢いで私のことを振り返った。無表情ながらも、まるで捨てられた子犬のような雰囲気を感じるのはなぜだろうか。
「それはぜひ。願ってもないことです」
ちらっと横目にレイを見ながらも、勝ち誇った表情でそういった。
レイは隠すことなくテオドール殿下をにらみつけている。
レイがここまで表情にだすなんて珍しい。よっぽど気に入らないのか。不敬だからやめなさい、なんていうことも言えず驚いてみていた。
◇◇◇
「それにしても、あのルイーズとかいう男爵令嬢、何がしたかったのかしら」
「……あれ以降、音沙汰ないわね。レイのことが好き……とか?」
「それだけじゃない気がするのよね……」
最近は私が平民や下位貴族をいじめている、バカにしているというものから、テオドール王太子殿下にも色目を使っているなどの噂も流れているようだ。
これらも真に受けているのはほとんどいないらしいが。
サロンでお茶を飲みながらフェリシアとそんな会話をしていると、教授に呼ばれていたシャルロッテも合流した。
「ルーナも大変ね……レイモンド様が人気なのは知っていたけど……」
「そうなの。レイがかっこいいからいけないのかも」
「か、かっこいい……?」
その声にレイのほうを振り返ると、手で顔を覆ってばっとそっぽを向いた。耳が赤くなっている。ちょっとした言葉でこんな反応をしてくれるレイを可愛いと思ってしまう。
キュンっとした自分に不思議に思いつつも、今日はもう帰ることになった。
「レイモンド様、ちょっと……」
「……何でしょう」
レイがシャルロットに引き留められるのを聞きながら、帰るために階段のほうへ向かうと久しぶりに見るルイーズがいた。
この先は私たちのサロンがあるだけで他には何もない。階段の下は帰り支度をした生徒が何人か歩いている。こんなところでどうしたのかと不思議に思うも、ばっと突然私に近づいてくる。
その動きに瞬時に違和感を覚えたが、気づいた時にはもう遅かった。
「きゃああああーっっ!!!」
「え?」
いきなり甲高い声で叫びだしたかと思うと、後ろに倒れこむように宙に浮いた。彼女は宙に浮きながらも勝ち誇ったような微笑みを浮かべていた。
彼女のその表情をみながらも、私は咄嗟に彼女の手をつかみ引っ張った。そしてその反動で私の身体は宙に浮き、先程とは逆の位置になった。
彼女は無事階段の上で尻餅をついている。そのことを確認して、自分に来るであろう衝撃にそなえてぎゅっと目を閉じる。
「ルーナ!!!」
レイが必死の形相で手を伸ばしているのが見える。レイもあんなに大声が出せるんだなと思ったところで、腕を思い切り引っ張られ、ぎゅっと抱きしめられた。そして落ちていくかと思ったとのとき、ふわっと体が浮いた。そして何事もなかったかのように階段下に降り立った。
しばらく呆然としていると「大丈夫?リア」という声が聞こえ振り向くと、こちらに手を向けつつも息を切らしたテオドール殿下がいた。
あ、魔法を使えばよかったんだわ、と思ったと同時に彼が助けてくれたことが分かった。しかしそっちを見た途端再びレイにぎゅっと抱きしめられる。
驚くもお礼を言わなければとくぐもった声だが声をだした。
「……テオ、ドール殿下、ありがとうございます……」
「いや……怪我がないのなら、よかった……」
「ありがとうございます……」
レイもしぶしぶんながらお礼を言っている。
助かったと理解した途端、心臓がバクバクと脈打ちはじめる。
(あ、危なかった……痛いことにならなくてよかった……)
レイを見上げると目があい、ほっとしたような顔していたが、そのあとテオドール殿下をみて悔しそうに口を引き結んだ。
そして階上にいるルイーズをみると、彼女は顔を真っ青にして尻餅をついたままだ。
「……さて、これはどういうことか。説明してくれるかしら」
周囲の喧騒も大きくなってきたところで。
たまたま声が途切れたタイミングだったのか、切り替えが早かったフェリシアの凛とした声が響いた。
そんなルイーズは「あ、あ、わ、私じゃない、私じゃ……」といいながらも否定しているだけで肝心なことは何も話さない。
たしかに私が落ちようとしていたルイーズを勝手に助けたといえばその通りだ。しかしなぜ自分から落ちたのかが問題である。いかにも私に突き落とされたかのような形で。
どうしたものかと思っていると、フェリシアは睨みつけていた視線をそのままにある人にむけた。
「あなたにも言っているのよ」
「──え?」
なぜここでこの人なのか。不思議に思い目を向けると、いつもはふんわり笑っている印象のその人が恐ろしい形相で私をにらみつけていた──
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