17、真っ黒こげの王女と護衛
帰りの馬車にて真っ黒こげになっている私とレイモンド。
「……なんで、失敗するとルーナの魔法は爆発するんだ?」
「……そんなの、私も知りたいわ…」
あのあと、図書館で本を10冊ほど借り、実習室に来たまではよかった。
しかし、《空を飛ぶ魔法》のはずが何故か発動したところで暴発した。
真っ黒こげになったルーナリアはレイモンドがいつも持ち歩いている外套をかぶせられた。そしてすぐに迎えにきていた馬車にいくはめになり、ナタリーに小言を言われた後での反省会である。
「普通の確立されている魔法は全て難なく扱えるのに不思議ですよね……想像力が大切とは聞きますが……」
迎えにきていたナタリーにもいつも不思議がられる。よく真っ黒こげになってしまうことで怒られるまでがセットである。
「難しい……でも、今日はまだ初めてだったから今後に期待ね!」
「……あまり無茶はするな」
そう言って向かいに座っていたレイモンドは、少し身を乗り出しルーナリアの頬に手を伸ばして優しく撫でた。
驚いて目を見開きレイモンドをみるも、心配そうな顔をしている。咄嗟に目をそらしてしまう。
「……無茶なんて、してないわ……」
「……クマが濃い。昨日あまり寝てないだろう」
「……ちゃんと、寝たわ……。2時間くらい…」
レイモンドの視線に負けて最後にボソッと白状する。借りた本を読んでいて終わった時にはもう4時だったのだ。
ちらっとナタリーを見ると、キッとこちらをみたのですかさず目を逸らす。
普段化粧はあまりしないが、今日はクマが自分でも気になったため化粧で隠していた。それが先ほど黒焦げになって顔を拭いたことで取れてしまったようだ。ナタリーが来る前に化粧は済ませたため、今のでナタリーにもばれてしまった。
(まず私が会得するべきは清浄魔法かもしれない)
そんな話をしている中、今後の誤魔化す方法を考えている間にも王城へと着いたのか馬車が止まった。
ルーナは馬車の扉が開くや否やこれでもう話はおしまいとばかりに、タラップを気にせずぴょんっと飛び越した。「あ、また……!」とナタリーの声が聞こえるも逃げ出すのだった。
そんなルーナリアの後姿を見送ったレイモンドは視線はそのままに、呆れたようにみているナタリーに話しかけた。
「……ナタリー」
「はい、心得ております、レイモンド様。ご安心ください」
「……よろしく頼みます。着替えたらすぐに向かいます」
「かしこまりました」
ルーナリアのことをナタリーに託し、ひとまずレイモンドも護衛騎士の制服に着替えるべくその場をあとにして騎士団の寮に向かった。
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王城の長い廊下を自室に向けて傍目にはにこやかに、優雅に速足で歩いているルーナリア。もうお転婆なことは城の者は皆知っているが、本人だけはそのことに気づいていなかった。そして当の王女は内心焦っていた。
(もう、レイったら昔にも増して心配性なんだから…)
私には為さねばならないことがある。そのために睡眠時間をやむおえないおえない。と自分では思っている。たださっきの話を聞いたナタリーが、強制的にでも早く寝かせようとしてくるだろうことは想像に難くない。
今日借りた本も読みたいし、どうしようか。と考えながらも足はとまらず廊下を自室に向けて突き進む。
あの可愛らしかった少年の面影は、一体どこに消えたというのか。
まだ16歳だというのに、日々鍛錬しているレイモンドは細身に見えるが体中に筋肉がついている。男らしく整った目鼻立ちと鋭いまなざしを併せ持ち、美しくも冷たい相貌である。
しかしそれがどうしてか。今はお父様も顔負けの超過保護になっている。
訓練後に髪をかき上げているしぐさを見たときや、エスコートの際に手を差し出されたとき。
昔から知っている彼に不意打ちのように男らしさを感じて、ドキリとすることもあった。自室にたどり着き、扉を閉めて微笑みの仮面を外したことで気が緩んだのか、つい思い出していしまい顔に熱がこもってしまう。
(でも、あれはしょうがないと思うの。女性なら誰でもそうなると思うわ)
誰にともなく心の中でそんな言い訳をする。
女性に人気があるのも知っている。レイモンドはつやのある黒髪に綺麗な青い目をしていて身長も高い。あの見た目で、さらに今では国一番といわれるほどの剣の使い手である。
「それに性格もいいのよね……」
優しく面倒見がいいし、細かいところにも気が付く。表情があまり変わらないことから、あまりレイモンドのことを知らない人からは朴念仁だと思われているかもしれないが。
(でもそろそろ、この関係も終わらせなければならないかもしれない)
レイモンドは最近は休みをとって一人で出かけることが多い。私の専属護衛騎士になってからは私とずっと一緒にいたのに。少し聞いた話だと、後姿だけのようだがペールオレンジの髪の女性……おそらくシャルロットかと思われる容姿の人と城下で会っていたらしい。
もし、レイモンドに好きな人ができたのなら、笑って応援してあげるべきだ。『婚約者候補』という婚約者でもない中途半端な位置にいるレイモンドは困っているのかもしれない。
もう今は私の婚約者候補という肩書もいらないだろう。レイモンドは自分の力で周囲に自分を認めさせたのだから。
そうわかってはいるのに、それを寂しいと思う自分もいる。その自分の気持ちがどうしてなのかは追及せずに見て見ぬふりをしたところで、後頭部にゴンっと衝撃を受けた。
「あたっ!!」
「え!姫様!?なぜここに立っていらっしゃるのですか!?」
「ナタリー……なんでいきなり開けるのよ……」
「何度もノックいたしましたよ。声もかけたのに反応がないので開けただけです。また考え事でも……ああ、睡眠不そ「違うわ!考えごとしていただけで睡眠不足のせいではないわ!」
このままだと夕食後、強制的にベッドの住人にされてしまうという焦りから咄嗟にナタリーの言葉をさえぎってしまう。ナタリーは胡乱げな視線を隠すこともなくじっと私を見つめる。
「まあ、言い分はわかりました。いつも考え事をしているときは私たちの声は遮断されているようなので……まあ、それと睡眠の件はまた別の話ですが」
「そ、そんなこと……」
「さ、ひとまず着替えますよ。その真っ黒こげな制服から」
そういうとナタリーに問答無用で浴室へ押し込まれ、着替えさせられるのだった。
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