11、恩人のお願い
「しかし……普通はもっと幼いころに、魔力に慣れないことで起こる症状なのだが……なぜいきなりこうなったのか……」
たしかに私も7歳くらいのとき、無意識に魔力を抑え込んでいるときになった。
レイは魔力なしと言われて蔑まれていたが、本当は魔力があったということか。あったのならなぜ抑えられていたのか。
医者は眉間に皺を寄せて難しい顔で考えながらレイの診察をする。
「うーん……毎日食べていたものなどはあるかな?」
「……公爵邸ではスープとパン……と他は日によって違いました。でもスープはいつも同じだった気が……」
「なるほど……スープが毎日ずっと同じというのは違和感があるね……。ちなみに味は少し刺激があって青臭い風味とかしなかった?」
いかにも美味しくなさそうな味を想像するも、少しの好奇心から食べてみたいとも思ってしまう。
レイは思い出すように少し考え込んでから顔をあげた。
「昔からでていたので、何も考えたことはありませんでしたが……たしかにそんな味がしたと思います。ただ最近まで味を感じることがなかったので……いつもそうだったかは、断言できません」
「そうか……レイモンド君、盛られてたかな……」
「え?」
味を感じなかったと聞いて胸が苦しくなる間もなく、医者がボソッとこぼした言葉は全く予想していないものだった。
「……そんな、じゃあレイはもともと魔力があったのに、誰かに発現しないように妨害されていたということですか……?」
「……まだ推測の域をでないけどおそらく。証拠も何もないからね。今から公爵家に行ってもきっと処分されているだろう」
「そんな……」
「……」
なんでも魔力暴走予防の薬草があるが、多く摂取すると魔力を阻害する薬草があるそうだ。それが少し刺激があり、クセのある青臭さがあるとのことだった。レイは黙ったまま。ちらっと顔を伺いみるも、その無表情な顔からは感情が読み取れない。
「ひとまず、練習は必要だがこれからは魔法も使えるようになるだろう。今後のことは騎士団にも相談する必要がある……王太子殿下には私からお伝えしておこう。体調が回復するまではまだ時間がかかるだろうから1週間ほど安静に」
診察を終えると医者は帰っていった。
いつもながら表情が変わらないレイに、なんと言葉をかけていいのかわからない。
いままで魔力なしと蔑まれていたが、そうではないことが分かったのはいい。しかし、いままでそれで苦しんでいたのに、それが仕組まれたものだったなんて。
「……レイ、ひとまず横になろう。ゆっくり休まなきゃ」
「……はい。あと、これもありがとうございます。……この石は、もらってもいいですか?」
そう言ってレイは先ほど私が咄嗟に作って渡した、ちっさな空色のかけらを私に見せた。
いつも何事にも無関心なレイが、欲しいと思うものがあるのは嬉しい。しかしそんなのでいいのかとも思う。
「別に、いいけど……」
「ありがとうございます。あと、先ほどは助けてくれてありがとうございました。お礼はまたのちほど……」
「病人が何言っているの!早く横になって!お礼なんて考えなくていい……」
レイをベットに寝かせたそのとき、言葉の途中だったがぱっとひらめいたことがあった。
にやりと思わず笑ってしまった私を、レイモンドはきょとんと見つめる。
「それじゃあ、お礼に私のお願いを聞いてくれる?」
「はい。貴女がそれでいいのなら」
「ふふっそれじゃあ、元気になったらお願いをするわ。今はゆっくり休んで」
「……はい」
横になったレイの手を来た時と同じように握っていると、やはり体調が悪いのかすぐに寝息がきこえた。
それを確認してから静かに手を離し、柔らかな黒髪をそっとなでて彼の部屋をあとにした。
その後、順調に回復したレイは、騎士見習いから魔法騎士見習いに所属が変わることになった。魔法騎士見習いとなると、その訓練の中には魔法を扱うものもでてくる。つまずくかと思ったが、つまずくこともなく。もともとの才能なのか、どんどんと吸収しているようだ。
魔力なしとレイをバカにしていた人たちは、悔しい思いをしているとか。魔法騎士見習いに、以前レイの兄のウィルフレッドと一緒にレイに暴行していた人たちもいる。しかし絡まれたときにやり返したらおとなしくなったそうだ。今まで殴ることはあっても殴られたことがなかったようで、半泣きだったみたい。
魔力なしと呼ばれていたレイに魔力が発現したことは世間ではたいそうな話題になっているそうだ。
そして誰がレイに薬草を飲ませていたのか。それはやはり証拠がもうすでになくなっていたためわからなかった。しかし、いつも彼の部屋に食事を届けていたメイドが姿を消したそうだ。
また、レイが寮に入るにあたり一番反対していたのがエスパーダ公爵夫人だったと聞いた。状況証拠しかない中で決めつけることはできないが、おそらく……。
そしてもしそれが本当だとしても故意ではない。つまりは体を気遣って混ぜていた、とか言われてしまうと処罰することも出来ないらしい。表向きには薬草であるからだ。
そのためお父様もここまでしか話を聞かせてくれなった。しかしお父様にお願いしてレイに寮に住んでもらうことにしたのは、我ながら素晴らしい判断だったと思う。
そしてレイが倒れてから2月ほどたち、体調も万全になったころ。訓練が休みの日には変わらずレイとお茶会をしている。もう虐待の心配はないけど、友達だもの。
今日は天気がいいので、お父様が作ってくれた私の庭園の東屋でのんびりとしている。
「でもレイ、すごいのね。魔法ももう使いこなしているんでしょ?」
「まだそこまでではありません。ルーナのほうが使いこなしているでしょう」
「もー!レイ!また敬語になってる!!」
「すみま……ごめん、まだ慣れなくて」
「もう2か月もたつのに……」
頬を膨らませてしまうが、仕方がないと思う。
そう、お礼としてお願いしたのは敬語をやめることだった。これでより仲良くなれるのではないかと思って。「いやそれは…」と渋るレイモンドを恩人のお願いよ!と言い張って了承させた。でも2か月たってもこのような感じなので先は長い。
「そういえば、体はまだ痛い?」
「そう……だな。関節がまだ痛む」
「成長痛かぁ……私も大きくなりたいな」
「……」
目線を逸らされた。ナタリーをみてみるもナタリーもそっぽを向いた。
そう、私は一生懸命食べているのにあまり身長はかわらない。少し前に10歳なったのに小さい。8歳くらいにしか見えないらしい。
「姫様はそのままで十分可愛いのですから、急がなくても大丈夫ですよ」
ナタリーの言葉にレイモンドも頷いている。
レイは寮に移ってからはまだ3か月ほどなのに、いきなり身長とか伸びてきた。魔力の発現も影響しているのでは、とは医者の言葉。
それじゃなくても寮ではたくさん食べさせられるようで、最初はあまり食べれなかったのに今は大人の1人前も3食食べきることができるようだ。
健康的になってきたのでそれでいいかと思うことにする。
それからは何事もなく。レイは私とのお茶会以外は訓練と魔法の練習に励んでいる。またいつ許可を取ったのか、城の図書館で本を借りて読んでいる。
騎士団の訓練ではめきめきと実力を伸ばしている。まだ見習いにも関わらず、魔法騎士としてもう一目置かれているのだとか。
私も勉強では外国語などが始まった。魔法も基礎を教わり終えたため応用編になるなど、ステップアップしながら学ぶことが増えている。
16歳で成人したら、王族は歴代魔力が多いことから魔法研究所の施設を使えるようになるらしい。そのときに備えて、私も暇があれば知識を蓄えるために本を読むことにしている。非常に楽しみである。
日々できることを目標に向けて精いっぱいこなしていると時間はあっという間に過ぎていった。
そして気づけばもう、13歳になっていた。
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