10、脱・公爵邸
レイモンドが婚約者候補となり、半年ほどたった。
私はレイモンドのことを「レイ」と呼ぶことにした。孤児院でニックネームで呼びあっている子たちがいて羨ましかったから。
そしてレイにも「ルーナ」と呼ぶように命令した。命令じゃなかったら首を縦には振ってくれなかったから。
初めて「命令」という言葉を使って内心ドキドキがすごかったのは内緒。お兄様には「命令の使い方が間違ってない?」とつっこまれたけど気にしない。
婚約者候補になることでお父様からもエスパーダ公爵に話をしてくれたようだ。レイは虐待されることがなくなったのかと思う。
以前のやせ細っていた体は相変わらずまだ華奢だが、前よりはましになり少し背も伸びてきている。健康に近づいたのではと少しホッとする。
週に2回ほどお茶会という名のもと、彼の状況確認をしている今日この頃。
「……騎士を、目指そうと思います」
「……騎士?」
「はい。貴方の……候補とはいえ、婚約者になったのです。今のままではいけないと、ずっと思っていまして……」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに……」
いきなりのレイの言葉に驚く。
私はただ、テオ兄みたいに私も人を助けることができるならと思っただけ。
でもたしかに、騎士団なら魔法騎士と騎士で別れており、平民も貴族も問わず実力がある者が上に上がっていく。
騎士は魔力うんぬんではなく実力で決まるものなので彼にはちょうどいいのかもしれない。
「いえ、このままでは自分で自分を許せません」
「そっか……それなら私は応援するわ」
「ありがとうございます」
「それにしても、きちんと将来のことを考えていて偉いわ!」
「いえ……そんなことは」
最近は些細なことでもレイを褒めたり、好意を伝えたりしている。私もここにきてから褒められたりすることが多々あり、自分に少し自身もついたからだ。レイの無表情は変わらないけど、普通に会話できるようになってきたのもそのおかげだと思っている。
この国には将来のことを考えて騎士見習いということで、幼いうちから騎士団の訓練の横で10歳から少しずつ訓練を受けられるようになっている。入団のための試験は一応あるようだけど。
そして希望があれば寮もある。ただそれは家が地方だとかどうしても親元から通うことが難しい子のためのものだ。
地方には地方の養成所があるため、あまりそういう子は多くはない。ただ王城の騎士団の稽古ということで人気はあるようだ。
その中異例ではあったが、お父様の計らいでレイは寮で生活することになった。
お父様に相談したら力を貸してくれた。保護者の同意も必要だったため、エスパーダ公爵とも話をつけてくれたようだった。改善されたとはいえどうしても、公爵家のあの環境に彼を置いておきたくなかった。お節介なのは重々承知である。
レイは無事試験も通過して見習い騎士になった。無表情ながらも真剣に稽古に打ち込んでいる。健康的になったとはいえまだ細い彼が心配で、何度か様子を見に行ったが杞憂に終わった。
騎士見習いになって寮に移り1か月ほどたったころ。レイが体調を崩したと聞いてお見舞いに行った。なんでも訓練中に倒れたらしい。特別に許可をもらって騎士団の寮の彼の部屋までくると、ベッドには顔が真っ青になったレイが寝ていた。
「レイ、大丈夫?」
「……ルーナリア、様……?」
体調が悪いので呼び捨てじゃないのは置いておく。
医者にかかったか聞くもまだだという。今まで体調が悪くても医者にかかったこともなく、部屋でじっとして、体調不良がばれないようにしていたそうだ。
今回も無意識にだろうけれど隠してたようで、倒れるまで誰も彼の体調不良に気づかなかったとか。環境の変化によるものだったらすぐに治るだろうから、まだいいのだけれど。
すぐにナタリーに医者の手配をお願いした。私と離れることを少し渋ったが、レイの顔色の悪さに急いで部屋からでていった。
症状をきくと、倦怠感がすごく、ときおり胸が苦しくなり息をすることもままならなくなるそうだ。
辛そうにしている姿を見るだけで胸が痛む。代われるのならば代わってあげたいとも思う。
私は咄嗟に彼の手を握った。
「辛いときは辛いと言っていいのよ。私はあなたの味方だから」
「……」
彼はぼおっと私を見つめていたが、私が手を握っていると軽く握り返してくれた。そして少しして眠りについた。
しかしレイの顔を見れば呼吸は荒く、目を閉じたまま苦しそうな表情をしている。
医者がくるまでは、と待っていると、レイモンドが苦し気にうめきだした。悪い夢でもみているのか。起こそうか迷っていると、胸を押さえてうずくまった。
「うっ…!」
「レ、レイ!どうしたの?!」
思わず肩に触れるもばしっと手を払われた。驚いていると、彼ははぁ、はぁ、と肩で息をしながら胸を押さえて苦しそうに言った。
「俺、から、離れて……ください」
風も強くないのに窓ががたがたと音を立て、机や椅子なども揺れている。その様子をみて一つのことが頭に浮かんだ。私も同じような症状だったからすぐに気がついた。医者が来るまでは不用意なことを言わないほうがいいだろうと思っていたが。
私の考え通りだったらこのままだとまずい。
急いで自分の魔力を両手に込める。テオ兄から作り方だけ教えてもらっていたが、実践したことはなかったためできるかはわからない。しかし今はやるしかない。
レイモンドは苦しんでいるが、まだ医者が来る気配もない。
加減がわからなかったが、石になるように凝縮させるイメージで思いきり魔力を込めてみる。手ごたえを感じ、手を開いてみると、小ぶりだが空色の石のようなかけらが出来ていた。
苦しんでいるレイモンドの手に急いで握らせた。
「レイお願い!この石に今たまっているモノをぶつけて!えっと気持ちを込めてみて!!」
「……っ!」
彼は顔をゆがめて耐えるような表情だったが、私を振り払うことなく言われたとおりにしてくれた。
するとみるみるうちに顔色がよくなった。
よくなったといっても先ほどよりはいいというだけで悪いことには変わりないが。
するとそのときバタバタっと足音が聞こえてバンっと扉が開いた。
「大丈夫かい!?魔力がはじけそうな気配が……!」
そういいながら駆け込んできたのは医者だった。私が城に来た当初に診てくれた人でもある。
ナタリーもすぐに後ろから顔をだした。息が切れているところをみると、急いで呼んできてくれたようだ。
医者も来たことでほっとする。
「……魔力暴走一歩手前というところかな。姫様、よく対処法をご存知でしたね」
「私も昔、同じ症状で助けてもらったことがあって……」
「なるほど……レイモンド君、今後はこの石に1日朝晩の2回くらい魔力を込めると良い。慣れてくるとしなくてもよくなるよ」
「わかりました。ありがとうございます」
レイは医者から黄緑色の魔力石を受け取ってじっと眺めていた。
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