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第八話:「革変」

「まったく…本当にイラつく虫けらだったわ!」

「あぁ全くだ。だが、おかげで少しは溜飲が下がったな。」

「ああ、間違いねぇな!」

「あっはははは!!」

 幾重にも放たれた魔法の余波で、広場には焦げくさい臭いが充満していた。人々は醜悪な言葉と下卑た笑い声を上げることに、すっかり夢中になっている。だが、それに夢中になるあまり、誰もその異変に気付けなかった。爆心地でシュウシュウと音を立て続ける死体が、不意に蠢き出したことに。

「あぁ…これが黄泉帰りか。まさに、生き返ったような気分だよ…。クァチル。」

「それは何より…。して、この場はどうする…?」

「ここは僕だけで大丈夫だから、君は先に月神の宮殿にでも向かっておいてよ。後から僕も行くけど……別に今の君なら、ひとりだけでも大丈夫でしょ?」

「承った…。では、また後ほど会おうではないか……わが契約者よ!」

そう言ってクァチルは、月神のいる宮殿の方へと音を置き去りにして飛んで行った。

「さてと…」

僕は、再び広場の方を向く。しかし…様子が妙だった。なぜか発狂した大量の人間どもが、その場に溢れかえっていたのだ。

「あれ…?どうしたのかな、彼らは?」

僕が不思議がっていると、少し大柄な男が這う這うの体で、僕の方へ歩み寄ってきた。

「貴様…なぜ生きて……いや、それよりもなぜ…なぜ封じられた邪神が蘇っているんだ!」

「邪神…あぁ、クァチルのこと?」

「やめろ! その名を軽々しく口に出すな…! いいか、奴は…この世界を破壊するために存在している、怪物なんだ! 我々人間の手に負えるような…」

「それが…どうかしたの??」

「は……?」

「だって僕は、人間じゃないよ? 君たちとは違うんだよ? なのに、どうしてそんな心配をしなきゃいけないの? いや、無いじゃないか……わざわざ、そんな心配する必要なんて無いじゃないか!」

「お前…なにを…言って……虫けらっていうのは、ただの比喩で……!」

「だから、心配は無用さ。」

「そんな、馬鹿な…! 普通なら…普通だったら、あれに近づくだけで気が触れて……」

「大丈夫、大丈夫だよ! 僕は普通じゃないし、ましてや人間ですらないって、さっきから言ってるじゃないか!」

「嘘だ……お前ごときが…神を従えるなんて……!」

「ただ…君たちみたいな人間は僕の創る世界で、不要な存在であることに変わりはない。」

「ば…化け物がぁぁぁぁ!!」

その人間の手から、僕に向かって業火が放たれた。僕はただそれを眺める。

「だから…その炎で、自分の身を焼き尽くしてくれると嬉しいな…!」

そう言うと、炎は瞬く間にその男の方へと踵を返した。

「ぐぎぃゃぁぁぁぁ!!!」

 男は燃え盛る業火の中で、けたたましい叫び声を上げた。そして、その炎は同時に周囲をも焼き焦がしていく。クァチルの魔力にあてられ発狂していた人々に、燃え盛る業火が燃え移り、発狂に加え、焼身の苦しみが重なって混沌の輪が広がっていく。その光景はまさしく地獄絵図であった。

「あぁ…なんて醜い世界なんだ…! やっぱり一刻も早く…世界を変えて、天国を創らないと!」

 僕は燃え盛る広場を出て、月神の宮殿へと向かった。道中、たくさんの人間と出会った。彼らは皆一様に、僕を殺そうとしてきた。その度に僕は、魔法で彼らの思いを捻じ曲げて、僕の望む方向へ修正した。僕の魔法…それは、他人の思いを僕の望む方向へと惑わす魔法…。だから…彼らが魔法を放つ度に、僕はこう望む、「自害しろ」と。そうして、阿鼻叫喚の街を僕はひたすら突き進んだ。ふと遠くの方で、蒼い炎が上がっているのが見えた。どうやらクァチルが、月神の宮殿へと辿り着いたようだ。


「久しいな…ニャルラトホテプよ。」

突如飛来したクァチルが、月神の宮殿の上空に佇む。それを感じて、ニャルラトホテプは気だるげに宮殿の庭へと出てきた。

「なんだい? 神もどきが、僕に何の用? 今はムーンビーストの後処理で忙しいんだ…。あいつらが都をめちゃくちゃにしたせいで……」

クァチルがゆっくりと、月神の立つ場所へと降りてゆく。

「戯言はよせ……。貴様がこの状況を面白がっていることなど、火を見るよりも明らかだろう…!!」

クァチルが腕という名の剣を振るい、刹那〝ガギン!〟と、強烈な金切り音が周囲にこだます。クァチルの右腕を、ニャルラトホテプがその際で受け止める。

「君だけで、僕に勝てるとでも…?」

「今の我なら神殺しも、為せば成るであろう…!」


 遠くの方で派手な音が鳴っている。それとともに、宮殿が崩れ落ちていく様も見える。世界は、着実に破滅の道を歩んでいる。そして僕はひたすら、その中心地へと歩み続けた。もはや、誰も僕を咎める者はいない。もはや、誰も僕を止められない。ただ、すべてを破壊しながらも僕の中には一つだけ、変わらない思いがあった。それは、世界を変えたいという思い…いや、幸福になりたいという欲望だ。これさえ叶うのなら、もはや僕は何を捨てでも、何を失ってでも構わない。今ならどんな手段も、どんな方法も選べる。レンに言われたように、僕が世界を創り変えるのだ。不幸などない、誰もが幸福になれる…そんな新世界を。


「ぐぬうぅぅぅ…があぁぁぁぁ!!」

 月神がおたけびを上げる。月神の身体からおびただしい数の触手が湧き出て、その一本一本すべてが獰猛に、クァチルへと襲い掛かる。しかし、それはすべてクァチルによって、目にもとまらぬ速さで切り刻まれる。

「ば、ばかな…! お前程度の神にこの僕が…月神ニャルラトホテプが……負けるわけが…!」

「この力も、契約の魔力がもたらした賜物…。感謝しよう、わが契約者に…!」

そしてクァチルはその刃を、月神の身体へと完膚なきまでに刻み付けた。

「ぐおおぉぉぉぉ!!!」

月神ニャルラトホテプ…邪地暴虐なる神格はその一刀を前に、完全に倒れ伏した。

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