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第三話:「魔の森」

 皆が寝静まって、より色濃く蒼に染まった夜の村を、僕とレンはサっと抜け出した。この日の僕たちに鉄砲は無かったが、抱えきれないほど大きな夢と少しのプランはあった。

「ここまでは、誰にもばれずに来れたみたいだね…。」

「ああ。人様にばれる前に、さっさと魔剣を回収しに行くぞ…。」

 レンは事前に言っていた通り、まっすぐ「禁断の大地」と称される立ち入り禁止の森へと向かった。僕もレンの後に、ソロりと続く。わざわざこの日に森へ赴いたのには、レンが以前見つけたとある書物が関係していた。ある日、偶然家の地下室を見つけた彼は、一冊の本に目が留まった。それは本だから僕たちと違って殴られないくせに誰よりもボロボロで、その背表紙には「ネクロノミコン」と書かれていた。この紙束はレンの家の地下室でいびき一つ立てずに惰眠を貪っていたところを彼に叩き起こされ、大量の埃とかび臭い知識を提供してくれた。中でも特に香ばしかったのが、伝説の邪神が封印されているという、古の魔剣の話だった。その魔剣を僕たちが来るべき時に振るえば、封じられた神様を召喚することができるという。今日がXデーとなったのは、今夜こそ、その来るべき時…すなわち、その神様を召喚するのに最適な星辰の位置が、今日の夜だったからだそうだ。また、そんな胡散臭い書物だが、そこから得た諸々の知識はすべて真実であるとレンは断言した。これはレンがそう思ったからではなく、それを読むとそれらがすべて真実である事を、なぜだか確信してしまうらしい。そうして、レンは今回の計画を思い付いた。この世界を支配する神を、僕たちがこれから召喚する神様に…倒してもらうのだ。


 しばらく二人で歩いていると、闇夜よりいっそう濃い漆黒の森が遠くに見えてきた。しかしそれにつれて、僕は奇妙な感覚に襲われた。なにかが、ふつふつと身体の奥底から湧き出てくるような感覚を覚えた。レンも同様に何かを感じ取り、立ち止まっている。

「なぁ…言い難い感覚だけど、何かこう…変な心地がしないか?」

「そうだね、というかむしろ…心地が悪いかも……」

 その感覚は波のように押し寄せてきて、渦を巻くように激しくなり、いつしか立っていられないほどの酩酊感として僕に覆い被さった。僕は思わず草むらに膝をついた、かのように思えた時。いつの間にか傍らにいたレンが、僕を支えてくれていた。

「大丈夫か?」

その問いかけに僕は息も絶え絶えに答える。

「うん…。人様に寄ってたかって殴られた時よりかは、まだマシかな…。」

僕はそれから少しの間、レンにその身を預けた。次第に波は落ち着いてきた。

「もう大丈夫…。ありがとう、レン。」

「気にすんな。これから世界の救世主になるっていうのに、身近にいるやつ一人助けられないなんてありえないからな。」

 そうキッパリと言い切るレンは、やはりあの太陽よりもずっと眩しかった。それにしても、さっきのレンは本当に速かった。少し前を歩いていたはずなのに、気付いたら僕の隣にいた。彼はまるで吹き付ける夜風のように、颯爽とそこに「現れた」。

「ねぇ…思ったんだけど、この感覚…ひょっとして『魔力』なんじゃない?」

 魔力とは、人様だけが持つ力のことだ。そしてそれは、『魔法』と呼ばれる芸当を可能にする。人様の顔がみな違うように、魔法もまたどのような効果をもたらすかは三者三葉だが、少なくとも今の今まで自分たちにも使えるだなんて…夢にも思わなかった。でも、もしその通りだったとしても、どうして急に魔力が目覚めたのだろう…。

「俺はお前が倒れそうになった時、全力で助けたいと願った。そうしたら…」

突如、レンが僕の視界から消える。

「俺は風になってた。」

いきなり真横からレンの声が聞こえてきて、僕は思わず声を上げた。

「それって…レンが魔法を使えるようになった…ってこと!?」

そしてつまりそれは、僕も魔法が使えることを意味していた。しかし

「うん…『何も起こらない』魔法を使えるようになったみたいだね。やったぁ…。」

レンと違って僕は、いつもと変わらない僕のままだった…。

「まあ…変わることが必ずしもいい事とは限らないしな!」

 レンはそれっぽいことを言って誤魔化そうとしていたが、僕は少しだけがっかりした。特別に憧れるのは勝手だが、結果としてそれが僕の心をキュっと締め付けた。けれど余計なことを考えても、出来ないものは仕方がない。

 僕とレンは、未知との遭遇に心を躍らせながらも、先を急いだ。無断で村の外にいるところをもし人様に見られでもしたら、これが僕たちの最初で最期の冒険になるかもしれない。けれど、もう後戻りはできない。今夜の一世一代のチャンスを掴むために、今までこの両手を塞いできたものはすべて、あの村に置いてきた。そんな手ぶらの僕たちだからこそ、今ならどんなものでも手に出来る、そんな気がした。


 ふと、レンがつぶやく。

「なあ、もう俺たち…わざわざ歩く必要ないんじゃないか?」

「どういうこと?レン…」

するとレンは突然、両腕で僕を抱きかかえ始めた。

「うわっ!? ちょっとレン! 神様にはなりたいけど、お姫様には…」

「落ちないように、しっかり掴まっとけよ。」

「レン、それってどういう…」

 僕が言い切るよりも前に、レンは駆け出していた。いや、空へと翔け出していた。気付けば風切り音と共に、眼前を猛スピードで夜闇が通り過ぎていく。下を見ると草原が風になびいて、深緑の清流が広がっていた。

「僕たち…もしかして風になってる?!」

 初めての体験に思わず感嘆の声が漏れる。レンの方を見ると、彼もどこか嬉しそうに宙を眺めていた。あっという声を上げる間に、目的地はすぐそこまで迫っていた。とうとう僕たちは、禁断の大地へと辿り着いた。

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