第二話:「旅立ち」
僕たちの住むシャッガイ村には30人ほどしか生きている者はいない。生きている、と付けたのは墓の下にいる数を含むと、とても数えきれないからだ。僕らの村は墓がその大半を占める。あとは少しの家屋と、畑があるだけの、被差別部落…それが僕の住む世界だ。
僕らは、人ではないそうだ。その昔、先祖がとある邪神を召喚しようとして、こうなったらしいが詳しいことは誰も知らない。僕らの村は、作物を徴収しに都から来る人様以外は、人っ子一人訪れないような寒村だ。人様いわく、畑と墓…それだけがこの村の存在意義だそうだ。畑は言わずもがな日々生きていくための食料を、墓は反対に日々死んでいく人々に寝床を与えてくれる。人様は食べて寝て、そして死んでいく生き物だからこそ、僕たちの村に価値が生まれるのだ。僕たちも、基本的には人様と同じような生き物だ。食って、寝て、死ぬ。けれど僕が思うに、この3つの距離が人様と僕達ではかなり違う気がする。僕たちはこの村から出ることはできない。それに比べ、外から来る人様はこの村を自由に行き来できる。僕たちは一生この村を出ることを許されないが、人様はどこへでも好きな場所へ行けて、誰にもそれを咎められない。彼らは食って寝て死ぬまでの長い道のりで、何をするのだろう。
僕たちはこの村で生きていく以外の、生の道程を知らない。この村の外へ出ようとした者は、みな凄惨な目に遭い、二度と帰らぬ人となるからだ。
僕らの村は、決して豊かではない。けれど、それでも畑からの作物を頼りに何とか生きている。だからといって都から来る人様には、僕らの都合など関係ない。たとえ不作であろうと人様は、いつもと変わらない量の作物を持ち去っていく。もし逆らえば、人様は容赦なく村民を手にかける。だから、この村で親や家族が欠けているのは、決して珍しいことではなかった。かくいう僕も、もの心がついたころから両親はいなかった。人様に逆らうとは、そういうことだった。
食料も、力も足りない僕らは、ただひたすら、その理不尽に耐えるしかないのだ。けれど、レンは違った。彼にはこの村では収まりきらないほどの、途方もなく大きな夢があった。そして彼にとって夢とは寝ている間に見るものではなく、起きている間もそこに在り続けるべきものだった。
「なあ、虫けらでも神様になれると思うか?」
僕らはよくこの村で一番高い塔の屋根に寝そべり、この世界をほのかに照らす蒼い太陽を眺めていた。この世界を撫でる蒼白い太陽は、ぼんやりとした光のカーテンで僕らを包み込むと同時に、そこから見える景色も薄布越しに見るようにぼかしてしまう。
「神様になる前に、まず人様になりたいかなぁ」
だからこそ僕は、よく目を凝らしてレンを見て、耳を澄まして彼の夢を聞くようにしていた。もっとも、彼の持つ光は何よりもまばゆかったから、その憧れがぼやけることは決してなかった。
「じゃあさ、俺が神様になったらまずはお前を人様にしてやるよ」
彼の夢は、この世界を変えることだった。塔から見える景色の端にうっすらと、この塔よりもはるかに巨大で雅やかな宮殿が見える。その豪奢な宮殿は、この世界を治める神様が住まう場所だから許されるものであった。途方もなく偉大で強大な神様。けれど、レンの夢はこの世界をまるごと変えることなのだから、大きさではレンの圧勝だろう。
「で、そのあと一緒に神様になろう」
彼の語る夢は、他人からしたらあの太陽のようにおぼろげで、そこにあるはずなのに決して手の届きようのない…絵空事なのかもしれない。たしかに、レンの言葉は時として冗談とも本気とも取れる。だがそれは、僕にはどっちでもよかった。彼の語る夢が戯れに過ぎない、戯言だったとしても……レンは最後まで全力で戯れ続けることを、僕だけは知っていたから。
「そういえば…レンの計画では、いつ神様になるつもりなの…?」
僕はなんとなく、この問いをレンに投げかけてみる。
するとレンは一呼吸置いてから、おもむろに宙を物色しだした。
「明日だ」
レンはいつもより静かに笑った。
「神様になるなら、明るい日がいいからな!」
レンからの突拍子もない返答をモロにくらった衝撃で、僕は思わず倒れ込む。
「いくらなんでも、適当過ぎない…!?」
そう言われて、レンは笑いながらゆっくりとその言葉をつむいだ。
「理由の方は冗談さ。本当は……」
それを聞いて僕は、レンと運命を共にすることを決めた。ただレンの夢が、正夢に成ることを願って。