同年、初春頃の話
登場人物
・双子宮室長
象牙色の髪の男性。宮廷魔術師の室長の一人。通鳥大公爵領に領地を持つ侯爵の一人でもある。
瞳の色が左右で違うのは、姉を当主にしたかった親からの暗殺による結果。
蘇蛇宮室長である、魔術師の男/悪魔は年代の近い同僚。同志であり友人ではない。魔女いわくお友達の人。
魔女の患者。目の治療を受けている。
・通鳥領主の伴侶
鋼色の髪の男性。月の半島の元王族。軍で人事の長官に就いている中将。
通鳥領主である伴侶のことが何よりも大好き。睡眠や呼吸よりも大事。なので彼女から産まれた子供達も大好き。親バカだが常識はちゃんとある。
『薬術の魔女の結婚事情』の 魔女と悪魔の結婚生活
伴侶のお話。 から登場する、軍医中将である魔女の同僚。
魔女いわく友人。当人も友人だと思ってるよ。良かったね。
本日は通鳥大公爵領主邸宅にて、領内の諸侯が集い、年次報告会と交流会を兼ねた新年宴会が開かれていた。
半立食形式の為、参加者は皆それなりに着飾り、己の伝手や扱う品、経済状況をそれとなく誇示し合っている。
入場の際に給仕から酒を渡された。通鳥領主が最近気に入っているものらしい。
だが私は、人から渡されたものを口にできない事情があった。
口を付けずに残すと不敬にあたる。我が伴侶に託そうにも彼女は人気者で、開会直ぐに誰かしらに連行されてしまった。
仕様がない為、酒を飲む振りで何処かに転移させようか。しかし参加者の魔術使用は禁じられていたな、と考えていた時だった。
「よ、楽しんでるか」
左側から声が掛かった。声の主は、領主様の伴侶殿だった。
「領主様の伴侶殿。御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」
「挨拶どーも。ちょいと聞きたいんだが、成人してから聖人の祝福をもらったことあるか?」
そう問い掛け、すぐ気まずそうに目を伏せて、
「あー、違った。成人したお前の子供に、聖人の祝福贈ったことあるか?」
言い直して、問う。
領主様の伴侶殿は私の持っていた酒を取り上げると、三分の一ほど残して返した。
酒と交換する様に、私は彼に幾つかの封筒を渡す。彼がそれを懐へ仕舞うのを確認し、答える。
「慣例の通り贈っておりませんよ。成人した息子達には不要ですから」
「だよなぁ……」
領主様の伴侶殿は、両手で顔を覆う。私より十ほど年下の彼は、随分疲労している様子。
「……まさか、成人してなお聖人の祝福を聖人から賜っている者が居ると」
聞いてきた時点で居るんだな、とは思っている。領主様の伴侶殿は、同意するように深い溜息を吐いた。
「成人済みの者に聖人として聖人の祝福を贈る者が居ること自体驚くべきことですが」
「言っとくが俺の話じゃねーからな? ていうかお前に振る話題じゃ無かったわ」
「御明察恐れ入ります」
バツの悪そうな顔をするのでそう返した。
「ところでさ、」
と領主様の伴侶殿は、自然な様子で急に話題を変える。
「お前の同僚のこと、聞いていいか」
周りを見、誰もこちらに気を配っていないことを確認する。音の遮断と認識阻害の結界が張られている。話しかけた時には既に仕込んでいた様子。
宮廷魔術師でなければ、そもそも結界が張られた事さえ気づかなかっただろう。
さすが、現領主様の捜索から数年逃れた方だなと敬服した。
「同僚ですか」
「宮廷魔術師の蘇蛇宮室長のことだ」
私に用がある時は大体同じ理由だったので、予想はついていた。
「彼が、何か」
「そう警戒すんなよ。ただ様子を尋ねただけだろ」
友好的な表情と態度だが、探りを入れられている。同僚は何かやらかしたのか。
ふと、最近の彼を思い出す。何かやらかしたのかもしれない。
「彼は通鳥の者では無い。貴方が気を配る必要が何処にあるのです」
領主様の伴侶殿にそう問い返せば、
「そうは言ってもな、俺の同僚の、伴侶なんだわ。軍の人事任されてる身としちゃ気にするんだよ」
軍人として関係があると。軍医中将である魔女殿に関連した理由の様だ。
「ああ、そういえば軍医中将殿は軍部に長期滞在して居ると」
「今後の対応の為にも、教えちゃくれねーか」
「……人事中将殿ともあろう方が、宮廷魔術師室長の爵位をお忘れとは」
中将として、宮廷魔術師室長の私に、同じく室長の同僚について質問している様なので、そう答える。
「……チッ、友人の心配をしちゃ悪いかよ侯爵」
「私情で権を振るわば、威信が崩れましょう、通鳥領主の伴侶殿」
臣下としてそう進言すれば、『見通す目』で睨まれてしまった。隠すことは無いので恐ろしくなど無い。
「それに私より領主様が、蘇蛇宮室長のことを詳しく存じているのでは。同じ研究室に在籍していらっしゃるでしょう」
「聞いたが特に変わりはないって言ったからテメェにも聞いてんだよ」
「ならば私が何か答える理由は何処にも無いと思いませんか」
「……あー、大体分かった。ところで鏡を確認したか、侯爵」
『お前も私情で権位振りかざしてんじゃねーか』と指摘されてしまった。
「公然の場では些か無作法ですので」
「……その減らず口どうにかしないといつか刺されるんじゃないか?」
「御心遣い痛み入ります」
「そーだった……すでに血縁者に刺されてたな」
相変わらずめんどくせーなコイツ、という顔をされた。
「……じゃ、俺は他のとこ行くから。楽しめよ」
と、領主様の伴侶殿は他への挨拶に去った。
ところで、成人してなお聖人の祝福を賜っている者とは——話の流れから魔女殿、なのだろうか。
だとすれば、贈り主は魔女殿の育て親である、神の御座す不可侵領域の森の『白き森の主』か『黒き森の主』か。あるいは彼女の伴侶である同僚ということに。
「……」
返された、少し残された酒に目を落とす。領主様の伴侶殿自ら毒味してくださった故に、彼の顔を立てる為にも唇を濡らす程度に口を付ける。
『楽しめよ』は『会が終わるまで帰んじゃねェぞ』という命令だ。暇潰しに、知人を探さねばなるまい。
中将は子爵程度の身分、室長は伯爵程度の身分。
ちなみに人事中将は何が分かったかというと、警戒される程度には変化があるが、明言できるほどの事はないらしい、ということ。
双子宮室長が人事中将に渡した封筒の中身は、蘇蛇宮室長補佐に関連する報告書。噂や、彼女に好意・悪意を抱く人物の調査など。
人事中将の独断。もちろん本人に許可取ってない。
通鳥領主に多少なり関係ある者を洗い出し、交渉するため。
信用出来る通鳥出身者全員にやらせている。自費で報酬出してる。
ついでにネタ供養
人事中将が通鳥領主と結婚してすぐの頃。
宮廷内の通鳥領主に関する噂の調査依頼をした、人事中将に宮廷魔術師双子宮室長が
(悪意ある意訳)なんでそんな気持ち悪いことすんの?
領主様は君が思っているより強い子だからそんな過保護に心配しなくてもいいじゃん
って言ったら殴り合いの喧嘩になった話。
先に殴りかかったのは人事中将の方。
通鳥の人はみんな喧嘩っ早い気質(つまりは短気)で『過保護過ぎて草』って言われたから怒った。
双子宮室長は右手右足からの攻撃は避けたけど左手(双子宮室長から見て右側)の攻撃を受けたので遠慮なく人事中将の鳩尾をぶん殴った。
「ああ、申し訳ない。加減ができなくて」
と悪びれせずに言う。
「お前の主の伴侶なんだが?」
「前領主様に『視界が不自由な右側を攻撃する者は全員全力で殴っていい』と許しをもらっております」
「じゃあ仮に前領主がお前の右側攻撃しても殴るのかよ」
「殴ります」
「ていうか魔女の治療で視界回復してるだろ」
「完治はしておりませんので」
最終的には和解して調査協力することになった。