第99話 借金返済計画その2
1906年8月
横浜港の外れにある埠頭に、子どもを連れた親たちが長い行列をつくっていた。そこには日本海海戦を勝利に導いた戦艦三笠が寄港していたのである、その脇には捕獲したバルチック艦隊の戦艦インペラートル・ニコライ1世とオリョールが戦いの激しさ がわかるように、砲弾で破壊された艦橋や艦砲装備はそのままにさらされていた。
受付の近くには逓信省の郵務局の職員が各種の戦争に関わる記念切手シートと東郷司令長官の、戦いの前の兵士への激励が印刷された、サイン色紙が販売していて飛ぶように売れていたのである。 同じころ旅順でも日本人観光客が訪れ戦地巡礼を楽しんでいた。それを仕切っていたのは帝国経済研究所の結城だった。
今から4ヶ月ほど前の春の終わり、大蔵省の戦費回収特別局の会議室
ここは俺が政府に提案してできた部署だ、戦費調達をするのに海外や国内で国債を発行して資金を集めたが、その借金を増税しないで返す為には国が事業を起こして利益を出し稼ぐしかないという提案で、戦費回収なんてひねりもない直球の国営の事業管理部門だ。
石油開発企業・旭日石油なんていうペーパー会社なんかはこの部署が管轄だよ すべてこちらに丸投げだ、それで今日は短期で金になる提案を持ってきた。
戦費回収特別局、栗田真之助局長(部下は一名)
「結城君お疲れ様、、北海道帝国大学でのアンモニア態窒素の化学肥料はすごいよ、試験的に使った田畑では前年度に比べても1.5倍に増量しているそうだ、
さっそく国の資産として国際特許を申請しているから、この化学肥料は国内の化学製品の製造会社数社にパテント料をもらい国内に販売して、食料の増産と
国の財政改善で一石二鳥だよ、あとは海外でもパテントで稼がせてもらうことに決まったよ。」
「それは、よかったですね、これは莫大な利益がでますから返済の助けになると思いますよ、」
「それで今日はまた、金になる話があるんだって、」
「そうですよ、楽して儲かる提案ですよ、まあここの部署も楽して儲けてますが、」
「ハハハ、悪いね~、、いったいどうやって儲けるだよ、」
「戦地巡礼と戦艦見学で儲けるんですよ。」
「海軍と陸軍に協力してもらってガッチリ儲けるんですよ」
「まずは、海軍ですよね、戦艦三笠を有料で一般公開できれば最高なんですがあの日本海海戦の大スターですからね、甲板や戦闘指揮所だけでも十分ですよ
あのデカい砲塔の前でバカ高い有料の記念写真を撮って売ったり、三笠饅頭とかレプリカのZ旗もいいですね~、内部は立ち入り禁止区をもうけて全国の港を回れば最高なんですがね~、、あとは下士官に戦闘図で様子を説明させてこの一隻で満員大入り間違いなしです。」
「他にはロシアのバルチック艦隊の捕獲戦艦、たしか、インペラートル・ニコライ1世とオリョール が捕獲して整備していますようね、これも使えます、この2隻も有料で見学させましょうよ。」
「あとは陸軍にも協力してもらい、旅順の戦地巡礼で要塞の見学と旅順港閉塞作戦 で沈んだ貨物船と軍神広瀬中佐を悼む巡礼コース、最高じゃないですか、ロシア軍の東鶏冠山堡塁、盤龍山堡塁、あとは203高地の要塞を再現してどれだけ大変な戦いだったか国民に知ってもらう事もできるし、」
「あとは、逓信省の郵務局で記念切手シートで戦艦三笠や軍神広瀬中佐とか東郷司令官なんかもいいんですよね~、海外でも爆売れしますよ、あとは東郷司令官の名言「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」なんか色紙に印刷して切手シートとセット売りで割高で売れそうだし、、」
「全国の郵便局でも各地の新聞なんかで告知して、予約を取り販売すれば無駄もなくて、あっ、興奮してしゃべり過ぎましたがいかかですか、」
栗田真之助局長
「い、、いんじゃない、そんなの初めて聞くものばっかりで、どうすればいいかよくわからないけど、私はだったらその戦地巡礼とやらに行ってみたいし、
戦艦三笠なら子供も大喜びだよ、切手シートは絶対買うかな~」
「そうでしょ、これはいけますよ~、増税だと嫌われますが、これだったら喜んで国民は金を出して見学にきますよ、こっちは金もかからないし、大儲けできますよ。」
「それは、いいけど、誰が陸軍と海軍に協力依頼するの~、私はやだですからね~、」
「悪いけどあいつらさ~、やたら偉そうにして敷居が高いんだよね~ ”戦費調達の為に協力してください”なんて言っても、きっと”我々は見世物ではない!”
何て言って門前払いだよ。」
「え~、それじゃ郵政局は大丈夫ですか」
「それは大丈夫だよ、じつは私は記念切手のコレクターだよ、乃木大将や東郷司令長官に広瀬中佐そして戦艦三笠なんてあ~ほしい、こっちは任せてよ、」
「それじゃ陸軍と海軍はこっちで処理しますから、あっそれと戦地巡礼の旅行の企画も勝手にこっちでやりますよ、了解しておいてくださいね。」
「ぜんぜんオッケイだよ、がんばってね~」
まったく同じ国の機関でも軍は異色だよ、偉そうにして頭は固くて融通はきかないしこれは西園寺先生の宮内省ルートでお願いに行くか、、
俺は西園寺先生にこの話をして、先生は軍の最高トップである陛下に、戦費回収の為に陸軍と海軍に協力をしてもらうようお願いして陛下の許諾をいただいた、陛下は俺と姉さんの事を覚えていてくれて、またお茶目な勅旨を書いてくれた。
海軍軍令部、応接室
俺は戦費回収計画の為に、戦艦三笠とロシアの捕獲戦艦の全国巡回展示について海軍軍令部を訪ねてこの応接室に座っている。
向かいには総務部の佐治徳一中佐が大蔵省、戦費回収特別局の名称で作った企画書を読んでいた。
「あの~、五条さん、読ませてもらい戦費返済のための企画はよくわかりますし私も協力したいんですが、恐らく上司は”戦艦は海軍の魂だ、見世物ではない!”と絶対言うと思いますよ、無理ですね、、まあ~、陛下の勅命でもないと無理でしょ、ハハハハ、、」
「申し訳ありません、協力できなくて、、」
「ありますよ、陛下の勅旨、」
「えっ、なにを冗談言っているんですか、こんな見世物の企画に陛下が勅旨をだすもんですか、」
俺は持ってきたカバンから、綺麗な包布を出してテーブルの上でそれを広げると菊の御紋が入った上紙をそのまま見せた。
佐治徳一中佐はそれを見るなり、いきなり椅子を倒して立ち上がり綺麗な直立不動になった。俺はその上紙を広げ中の書面を彼に見せた。
そこには”この五条結城が国の債務の返済の為に行う企画は睦仁が全て許可することとする。この五条結城の企画に従わなかった者や、気分を害する発言をした者はすなわち余に逆らった非国民としてその職務から外れる事とする。”
それを読んだ佐治中佐は一礼すると部屋を飛び出して、上司の士官を連れてきて、俺の企画書を受け取りすぐに戦艦三笠と捕獲したロシアの戦艦を手配することになったのである。
次に陸軍の参謀本部にいくと防弾装備でお世話になった阿部中佐が話を聞くことになり、応接室ではこの人には驚かさないように最初から陛下の了解を取っていることを話して旅順要塞の観光地としての戦地巡礼をさせてほしいと企画書を渡した。
阿部中佐はそれを読みすぐに理解してくれて、陛下の勅旨と企画書をもって上司の部屋にいった。しばらくするとバタバタと走ってくる音が聞こえると阿部中佐の上司が入ってきて、俺に一礼して必ずこの企画書に従いますのでよろしお願いします。と言って陛下の勅旨を返してくれたのである。
本当にこの時代の軍人には万能な菊の御紋書だと思った。
こうして旅順は戦地巡礼でにぎわい、全国のでかい港には連合艦隊の旗艦三笠
と捕獲されたロシア戦艦が停泊して大勢の子ども達や大人が笑顔で見にきたのである。そして全国の郵便局では記念切手シートがバカ売れしてこれらの売り上げの合計は戦費回収特別局の査定の3倍の売り上げとなったのである。
つづく、、、