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明治日本パラダイス物語 俺と姉で歴史を変えてやる!  作者: koike


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第39話 雪中行軍装備説明会


1902年2月のある日


ロシアの首都ペテルブルクのロシア日本公使館


明石あかし 元二郎もとじろう大佐、公使館付陸軍武官


私は語学力をかわれ参謀本部よりロシア国内の情報を収集する情報士官として着任した、また日英同盟に基づいた情報協力により英国秘密情報部の諜報員であるシドニー・ライリーとこれからあって今後の事について打ち合わせをする予定だ、、


大連に潜入している。林仙之助中尉からは遼東半島の旅順港がロシア太平洋艦隊の拠点軍港としている。そしてとんでもない量のべトンが運ばれて要塞化されようとしていると連絡がはいった。なんとしてもその全容が知りたい、彼にその話をして協力してもらおう。


明石の依頼により、ライリーは1903年から建築用木材の貿易商に偽装して戦略的要衝である旅順に移住し材木会社を開業、ロシア軍司令部の信頼を得てロシア軍の動向に関する情報や旅順要塞の正確な図面など日本にもたらしている。


だが作戦部系と情報部系の情報組織が対立した。作戦部は情報部の活動に信頼をおくことができず、作戦に必要な軍事情報 活動を作戦部自身がおこなうことになった。


すなわち、情報活動は、情報部が行う謀略活動と作戦部が行う軍事情報活動に二分化し、作戦部は主観にもとづく情報無視の作戦を行い、最後は作戦部系と情報部系の情報組織が対立して派閥争いまで演じ、大切な情報が作戦に反映されることを困難にした。


この派閥争いでライリーからの旅順要塞についての重要な情報は、旅順攻略の為に編成された第三軍には伝えられなかった。


第三軍は屍を重ねて要塞の全容を知る事となる、、まさしく縦割り組織の官僚弊害死んで行く兵士はたまったもんじゃない‥‥



”結城”


俺は冬季装備が届く前に、この雪中行軍が目的にしていた田代新湯にいって途中のキャンプ設営に適切な場所を確認するつもりだった。


旅館の女将さんに山に詳しいマタギの親子を紹介してもらった、、鎌田平吉さんと言う60歳位たのもしいマタギの方とその息子さんの治郎さんがいっしょにいってくれることになり二人には十分な謝礼をして、田代新湯一泊してまたこちらに帰る事にした。


俺の趣味は週末のキャンプ生活、、十分な用意はしてきた防寒着からすべて未来のものだ、ここから片道20Km朝早く出発した。


天候に恵まれて昼頃には大峠から馬立場まできた。史実によれば天候が崩れこの先から遭難してしまうのだ!


この場所がキーポイントだ、鎌田さんに「このあたりで強風を避けることができてテントが50張りぐらい張れる場所は在りませんかね~」と尋ねたら


「なに~こんな冬山でテントだと~死んじまうぞ~!」とびっくりしながら、周りを見てくれた。


そして、森の方を指さし「あのあたりなら木に囲まれているからいいんじゃねえか~」といってくれた。


そこはちょうどいい広場となっていて周りが防風林のような林に囲まれていた俺はさっそく用意してきた赤い旗がついた棒を目印になるようにここに来る途中から、あちらこちらの枝に縛りつけてきた。


この場所に決めた!、ここで210名が動かず2泊するんだ、そして、そこから田代新湯までのコースにまた赤い旗をあっち、こっちに縛り付け迷子にならないようにした。


最後にマタギの鎌田さんにもう一つお願いをして無事に1泊2日の下見を終了した。




連隊駐屯地、講堂


装備の説明会初日

連隊が行事につかう講堂に士官も含めて209名の雪中行軍の選抜された大隊が集まっていた。大隊長の山口鋠少佐は来ていない


”神成文吉大尉”雪中行軍計画立案者

あ~面白くない、何だあのサリバン尚美とういう医者は宮内省と参謀本部につてがあるようだが、おとなしく聞いてられるかこの俺が考えた計画だぞ!!他の士官たちと打ち合わせして今日の説明会をじゃましてやろうということになった。


下士官の曹長や伍長達みたいな荒くれどもにあばれさせてやる、みてろ!



”尚美”

”ウ~頭が痛~いまったく、二人にあってから毎晩、ただ酒だからって200人もくるかよ、どれ、今日から2日間みっちりっしごくか‥”


「結城準備はいい~」


結城は説明用の見本や製品を用意していた。


「大丈夫だよ、、姉さん、いつでも、、OKだよ!」



「皆さ~んおはようございます。私は英国医師サリバン尚美です。冬季装備についてこれから説明します、よく聞いてくださいね~」


突然バ~ンと床を平手で叩いて中村少尉がたちあがり、


「なんだ~おまえ、その話し方は、それが陸軍兵士に説明する態度か~」


それに合わせて他の士官7名が立ち上がり


「そうだ!、みんなこんなオナゴの話しを聞く事はないぞ~!!」


「そうだ!、、そうだ!」と声をそろえる士官達、これを仕掛けた”神成文吉大尉”はやりと笑い自分はみているだけ‥‥


し~んとした講堂、、、騒いでいるのはこの8名の士官だけ‥



”尚美”

「あの~、聞きたくなければ、うるさいので、出て行ってもらえますか~」


中村少尉あわてて周りを見渡す!


曹長や伍長それに近くの兵士は”こいつ~今にでもお前をぶ殺すぞ!!”と言った殺意ある凄い形相で睨んでいた!


他の士官もそうである、自分達の200名の部下がみんな上官を”今にでもお前をぶ殺すぞ!!”と言った殺意あるとんでもね~形相で睨んでいたのである。



おい、おい、いつもとちがわねぇ~か、それぞれの士官は部下から殺意ある気配にビビり、助けを求めるように神成文吉大尉を見た。




”神成文吉大尉”


くそ~!、やられた~、このサリバン尚美、何か兵士に仕掛けたな、俺は陸大出のエリートだこの空気をすぐ読んだ、ヤバイ、連中を止めないと‥‥


「こら~、中村少尉静かにせんか~、他の士官もそうだ、みんなサリバン先生の話しをちゃんと聞かんか~、サリバン先生申し訳ありませんあとでこいつらをよく叱りますのでお話しを続けてください、おまらも座って話しを聞け~」


くそ~くやしいが~、、今回は話しを聞いてやる。


そうして、初日の装備についての話しがすすんだのである。



最初に凍傷について何度も説明をした。極度の低温状態に長時間さらされると血行障害にさらに進行し皮膚や組織が凍結した状態になり、最悪の場合は壊死に至りますと腕や足を切断した白黒写真が皆にまわされた。


寒さや風に直接さらされる顔周辺、特に頬、耳、鼻がなりやすい。手足の指先など体の末端部も要注意です。雪や汗で濡れた手袋や靴下を身につけたままだと、凍傷になる危険性はさらに高まるので絶対濡れたままにするなと何度も説明をした。


凍傷予防用の『馬油』が一人に一瓶渡され手や足、顔、耳など出発のさい必ず塗るように指示した。


馬油とは馬の皮下脂肪を原料とする動物性油脂のことであるヒトの皮脂とよく似た性質を持ち、浸透性、保湿・保護の効果が確認できるため、皮膚の健康を維持する目的での外用剤に適している。すでにこの時代でも民間療法として手に入った。


そして、全員にジ〇ポーが渡された、これはどんな風が吹いても消えないし多少濡れても問題はないこれは五条商会から皆に寄贈された。


たちまちそこらで”ボッ、ボッ、ボッ、ボッ~”といつものように209名が遊び始めた。


それから4名一組にくまされた。


士官9名は3名一組となり、後で同行する少佐はこの士官の組に入る事にした


この兵士50組と士官3組で新たに並びかえた、つぎに、ホ〇カイロの見本が1ヶ各組に渡され説明した。


”みんなぶったまげた!”


他に備蓄品から用意したものを次々渡して説明をした、、、


1人10ヶのホ〇カイロ

折りたたみアルミマット人数分

600ccのミニ湯たんぽ人数分

簡易コンロ(特注)一組に1台

燃料の炭と松脂着火剤3日分

軽量ナベとケルト(特注)一組に1セット

食器とカップそれとフォークトスプーン人数分

防寒アルミシート人数分


食料品はインスタント食品や顆粒スープ、羊羹やビスケットが豪勢に3日分入った箱 人数分


真空パックされた毛布(開封すれば一瞬で膨らみ、ふかふかで暖かい毛布)人数分


ろうそくやタオルなど、あとは個人で用意するもの、、


最後にこれらを詰め込むこの時代に作った大型リュックを渡してそれを詰めさせた。


次に防寒具を支給した。


陸軍の被るものがついた防寒着に、もふもふの首回りと内側にもキルト生地で保温を高めた特注品、英国から取り寄せた羊毛ハイネックセーターとネルシャツ2枚カシミヤの股引に長袖の下着それと靴下、と予備の着替え分


英国から取り寄せた薄手の皮手袋とその上からハメル細い毛糸でできた親指だけが分かれている「ミトン手袋」


首巻きもカシミヤで顔半分を隠せる


耳まで隠せる毛糸の帽子


東京で揃えた膝までくるゴム長くつにフェルトの下敷きに中もフェルトを張った特注品長くつの中に雪が入らいように防水処理をしたレックカバー、特注のかんじき、などなど、、


用意した装具を説明して午前中の説明を終えた。



神成文吉大尉と部下の士官達、士官専用休憩室


中村少尉

「これ見てくさい、振り回しても火が消えません、それに簡単に火が付く、こんな便利なもの初めて見ました、あとこれですよ、ホ〇カイロまだこんなに暖かい、これなんでできているですか?」


神成文吉大尉

なんで、こんなものまでいるんだ、ここから20kmほどの田代新湯に行くだけだ、先日の予行演習では駐屯地 - 小峠間(片道約9km)を何事もなく往復した


それで今回も1日あれば田代新湯に行けるということになった、一応食料は大目に用意するつもりだったが、これじゃ3日間山ごもりする装備じゃないか、


俺は他の士官にこれ以上は騒ぐなと指示をした。この行軍はなにか、嫌な予感がする、、なにかが起きそうだ、、


午後からは外に出て結城が指導して4人用の大型テントの設営の説明になった丈夫な角型木材を番号通りはめて要所の部分は蝶ねじになっていた。


そして防水処理された丈夫なテントカバーを付けて中も防水処理したシートを敷いた。あとは風に飛ばされないように丈夫なテントからでているロープにアンカーを取付、簡易ハンマーで地面に打ち付けた。


他にも補強ロープを用意してあり何本もテントの上に掛けて地面に打ち付けたこの作業を何回もさせて覚えさせ15分ほどで組み立てられるようにまでになった、それで1日目は終わった。


次の日はみんなが用意した防寒着やリュックや装備を身に着け、テント器材とスコップ積んだ特注ソリを4人で交代で引っ張りながら近くの雪が積もっている場所まで移動した。そして25組ずつ右、左に分かれコの字を描くように士官達の3組を端に行かせた。


それぞれテントが張れる面積で用意した角スコップで穴を掘り始めた、俺はブロックのように雪を切り出し両サイドに積み上げるよ指示したこれもりっぱな風よけだ。


そして4人で穴掘りで20分かかり15分でテントが組み立てられた。そこに連絡壕のように各自のテントの前を掘りコの字型の通路ができた。トイレは反対の方に適当に掘った穴にしていた。


そして用意したインスタント食品、、ドライカレー、五目御飯、わかめご飯、チキンライス、など、を配って実際にテントで携帯コンロ使いお湯を沸かして,そこに、注いで試食した。


そこら中で、、うまい、うまい、、お前のを少しくれとか、、大騒ぎ!


これで実地訓練は終了した。その日の夕方、士官達がいなくなったあと、30名の下士官を姉さんはこっそり講堂に集め、まだ開けてないでかい箱をいくつも開けた。


そこには東京で用意したアルコールが40度のウオッカのビンが入っていた。それと女将さんに用意してもらった、つまみの乾き物いろいろが大量に新聞にくるまれていた、ここで仕入れたものだ。


「お前ら、これは露助どもが飲んでいる酒だ、明日とあさっての夜はこれを飲んで腹の中から温めろよ、一人1本だぞここに置いとくから皆に渡してくれ、ぜってぇ~今日は飲むなよ~、ぜってぇだぞ~」


全員、それを見てとんでもない笑顔になった‥‥


それから俺は、この下士官達に明日の午後から爆弾低気圧で暴風になるとはっきりと言った。


彼らは真剣に聞いていた先頭を歩く責任者がいたので、俺は演技をお願いした


俺が前に決めた宿営地についたら道に迷った事にするのだ!


史実だとさらにその先まで無理をして移動してしまい遭難したのだ、そこで、あいだ1日を含めて2泊する予定だとはっきり伝えた!


暇つぶしの道具でも持ってきな~と姉さんが冗談でいっていた


彼らは最後に「ごっつあんです、親分!」といって笑顔でウオッカとつまみを抱えて兵舎に向かった。




これで準備はすべて終わった。







つづく、、、、




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