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明治日本パラダイス物語 俺と姉で歴史を変えてやる!  作者: koike


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第28話 尚美の見た日露戦争の悪夢(番外編)

ちょっと尚美と任侠関係のストーリーから外れます。続きが気になる方はこの話を飛ばして読んでください。この話しはこれから起こる日露戦争のお話しです。





ある日の休みの日

”尚美”

さっき私はさっちゃんに子どもの頃きていた洋服をあげた。下の方は問題なかったんだけど上着は”おらの胸にひっかかてきれねーだ”といわれた。


私は好きにしなさいといって返してきた上着をバーンと床になげた。


そして台所にいって、さっちゃんが買ってきてくれた。スルメと一升瓶をもってコップにガバガバ~とそそぎ「コンチクショ~~」といいながらスルメの足を引きちぎりその酒をガバガバとあおぐようにして一気にのんだ。そしてまたスルメを引きちぎりガバガバとまたガバガバ~ガバ、ガバ、ガ、バ~バタンと寝てしまった。




”尚美の夢の中”

はじまり、はじまり‥‥‥


~~これほど楽天的な時代はない近代化によって日本史上初めて国民国家が成立し、「庶民が国家というものにはじめて参加しえた集団的感動の時代」個人の栄達が国家の利益と合致する昂揚の時代に自らが国家を担う気概を持ち、その意識を疑うこともなく政治・軍事・学問など各々の専門分野において邁進した。


日露戦争とは官から民の端々までがそういった国家が至上の正義でありロマンティシズムの源泉であった時代の情熱の下に一体となって遂行された国民戦争であり国家の重さに対する無邪気な随従心をもった時代におこなわれ、その随従心の上にのみ成立した戦争である。


(司馬遼太郎先生。坂の上の雲から抜粋)




1900年に飛ばされた、私は軍医学校の医官としてこの日露戦争にきている 。


私が今同行しているのは、司令官・ 乃木希典が率いる第三軍だ。そしてここは旅順要塞攻略のための本部陣地から500mほど離れた場所にある救護所の宿営地だ。


結城もいっしょにきており親友のマーク・クリストファ少佐も英国の観戦武官としてこの戦場にきていた。


私と結城はここ明治に来た時に決めたことがある。戦争に対して知っている情報で大きく戦局を変えるような介入は避けようという事にした。その代わりできる限り死者は減らすような仕組みを考え、なるべく史実通りに戦わせるつもりだ、もし私たちの介入で戦争の歴史が変わると私達の知っている事がまったくやくに立たなくなるからだ。できるだけ私達が知っている内容で世界が動いてくれればいいのだが、、


私は戦場がよく見える場所にたっていた。旅順要塞は各保塁をコンクリート、堡塁間には塹壕を掘って鉄条網を敷いた防御線を3重に渡って施設した近代要塞で、機関銃、大砲、地雷をもって防禦されており、第一回総攻撃は大損害を被り失敗する事を私は知っていた。


そして私は旅順港に向かって手を合わせた。そこには私が上から2番目に推している、お方、、、、広瀬 武夫少佐が静かに眠っている、

(え、、俺2番目、1番だれ? ねえねえ教えて、)広瀬


広瀬様は、第2回の閉塞作戦において閉塞船福井丸を指揮していたが敵駆逐艦の魚雷を受けてしまいました。撤退時に広瀬様は、自爆用の爆薬に点火するため船倉に行った部下の杉野孫七上等兵曹(この方は32番目の推し)がそのまま戻ってこないことに気付いたのです。


広瀬様は杉野を助けるため一人沈み行く福井丸に戻り、船内を3度も捜索したが、彼の姿は見つからなかったのです。やむを得ず救命ボートに乗り移ろうとした直後、頭部にロシア軍砲弾の直撃を受け戦死したんです。ご年齢は35歳でした。


そして私は旅順港の先の沖の方に向かって手を振ったんです。秋山真之海軍中佐に向かって、私のことを双眼鏡で見てくれているようなので、、


(絶対!絶対!絶対! みえね~~~し)結城


秋山真之海軍中佐は、、ウフフ、私の、ウフフ、3番目の推しです。ウフフフ


(え、俺、、広瀬に負けたの、ねえ、ほんとに、負けたの)しつこい秋山


そして私が一番大っ嫌いな伊地知幸介いぢち こうすけやろうが、この下の乃木希典の下で第3軍参謀長を務めていやがる、チェ!、、、やつ、伊地知は作戦・指揮能力に欠けた無能者、旅順要塞攻撃において融通の利かない硬直した作戦指揮を行い、どれだけの兵隊さんが、機関銃の的になって泣きながら死んでいったと思うの、そしてなん~~~の役にもたたず 無能の作戦で死ななくてもいい屍をこの旅順要塞でこさえておきながらこの戦争が終わって日本に帰ると日露戦争の戦功により男爵~~~~~な~に~~~絶対、ゼッ~タ~~イ許さない。



(泣きながら死んでいった兵隊さんの恨みを、恨みを、晴らしてあげます。)仕置き人尚美



やくたたずは歴史からきえてもだいじょうぶ何も変わらないわ、ふふ、、、、



その時遠くのほうから白い馬が将校を乗せて近づいてきた。護衛はだれも付けないで一人だった。私はその顔を見て体が震えた、、、どうしてこんなとこにそれは司令官・乃木希典閣下、、、私の、、わたしの、、ワタシノ、”1番推し”


私は急いでバックからサイン帳とマジックをだして準備し 声をかけてもらえるようにちょっとだけ進路妨害するような場所で、今まで誰にも見せたことがないような最高の直立不動で敬礼をした。そしてやってきた。


「パッカ、パッカ、パ、カ、パ、カ、、パ、、カ、、パ、、、、、」


乃木閣下は私をさけて、すこしぼけた顔で鼻水をたらしながら通り過ぎた。


わたしは、”この!! ボケ~~~ジジィ~~~!!”と足元にあった石をおもっきりけった。


それは閣下の馬の尻、にみごとにクリーンヒットして馬が驚いて前足をこれでもか~というぐらい高くあげて ヒヒィ~ヒ~ヒ~ンと鳴いた。


 ”””閣下はおもっい~きり落ちた。”””


尚美は人生でもっとも最高の100mダッーーーシューーーーした。おそらく日本の代表くらい、、、





”旅順宿営地”

救護所には、いつも休憩時間になると遊びにくるかわいい瞳をした。川崎潤一君という15歳で軍馬の担当をしている少年兵が遊びにくる、たぶん、おやつが目当てだと思うが、私は彼をからかったりして歓迎した。彼の瞳はとてもきれいだった。


(尚美の瞳は、、、、うるせい!!)


ある日 彼が半分泣いた顔をしてきたよく見ると右目のまわりを大きく腫らして、ほかにも足をひきずり、右腕を押さえていた。口から血を流していた。


彼の後ろには、いつも私達に悪態をつく山下少尉がいた。


いつも私のところにくる川崎潤一君を妬んで、ウサ晴らしで虐めていたのだ。


「お前みたいな、男女がなにができるんだ、いくさのじゃまじゃからうしろで黙ってみていろ!」と言い放った。そして、そばで腰ぎんちゃくの酒井伍長が 私の顔にとつぜん汚いつば吐きかけた。


(ヤバイ、ヤバイ、すぐ謝りなさい山下さん、酒井さん)結城


私は顔についたそのつばをそのままに、、だまって奴らをみていた、、


私の強く握り締めた拳の指のすきまからはゆっくりと細い糸のように血がぽた、ぽた、ぽた、ぽたと旅順の地に染みをつくった。





8月19日、、早朝、第三軍は第一次旅順総攻撃を開始した、、その作戦の詳細は二龍山と東鶏冠山の両堡塁要塞を攻撃する事を主目標としていた。


要塞のもっも堅固な部分を突破することで一気に要塞陥落をねらったのである。


尚美は持ってきた双眼鏡で敵要塞を見ると激しい砲弾の雨で山頂や中腹の山肌は噴煙に包まれていた。


激烈な砲撃にもかかわらず、敵要塞はほぼ無傷であり、突撃部隊はことごとく堡塁や砲台に達する前に壊滅していった。


要塞攻略を任せられた第三軍は単純な正面突撃を繰り返し、要塞の火砲、機関銃、小銃による猛撃の前に日本兵の遺骸が累々と重なり屍山血河の様子となってきた。


二龍山堡塁要塞から300m離れている日本軍塹壕


ここは第九師団第一連隊、一五〇〇名が突撃をまっていた。

タバコを吸う強者もいたが手は震えていた。新婚の妻の顔を思い出している兵もいた。3人の美しい娘さんの写真をジート見つめいる兵士がいる。彼らは今、確実に生きていた。、、、、、


突撃時間が近づいてきた。ベテランの兵士はもう悟った300m先の敵陣地に着く前に俺は死ぬだろうと、、、


ある兵士はしょんべんをちびって震えていた。入隊したての17歳の近藤は胃の中身をはきだしていた。


そして目の前のロシア軍陣地を見て、1500名、、誰もが無事に帰れないと悟った。


各部隊の指揮官が”着~~剣~~”と大声でさけんだ。


各兵士が三十年式歩兵銃に着剣をはじめた。そこにはふるえる手で銃剣をつける川崎潤一がいたのである。彼は後方兵で戦闘に参加するはずはなかったが山下少尉の命令でここに連れてこられたのである。



各部隊の上官が右手に持ったサーベルを高く突きあげ、”突~撃~~”と発すると塹壕にいた兵士たちが、一斉にワァ~ワァ~ワ~~と大声をあげ塹壕を一気にかけ上がり突撃をしていく。


そこえロシア軍の時限信管がついた榴弾砲があちらこちら上空で爆発する、そのたびに、その破片は降りそそぐのである。バタバタと倒れる兵士達‥‥そこはもう阿鼻叫喚、地獄の世界であった。


遠くで尚美はその様子を双眼鏡で見ててヘルメットがあれば頭部損傷による死亡率がさがるじゃないかなと思って見ていた。


”二龍山堡塁要塞 ロシア軍機銃砲座から50m程にある第一鉄条網の前”



”第九師団の連隊長加藤少佐”

昨日の作戦会議で私は意見具申を伊地知 幸介参謀長にした。



~~~~~~~~~



「正面攻撃は無謀ではありませんでしょうか。」


「鉄条網を敷いた防御線を3重に渡って施設した近代要塞で、機関銃、大砲、地雷をもって厳重に防禦されておりとても私の第一連隊でここを突破することはできません。」


「兵の消耗を避けるには二龍山正面攻撃を陽動作戦としてどこか弱点となる場所に全軍をあげて一点突破を意見具申します。そしてその弱点となるのはここ203高地」


そこを連隊長の加藤少佐が指をさした。



「バカモ~ン、我々は名誉ある日本帝国陸軍が、そんな弱腰でどうするだ!!

大和魂と根性があればどのような困難も突破できる。そのような気持ちでいるとはどういうことだ~」と一括した。


私は伊地知 幸介参謀長を睨みつけて思った。


だめだ、、こいつに何もいってもだめだ、こいつの大和魂と根性の為に私の部下1500名が無駄に死んでしまうかと思ったらこいつを今、ぶっ殺してやろうかと思った。だが私はやめた。せめて死んで行く部下たちと一緒にいたいと思った。


きっと、きっと、誰かが私達の思いを汲んでこいつに天罰を与える人が来ると思う。その時を部下たち一緒に待つことにしよう。



私はその夜、家族あての遺書を書き遺髪を添えた。



~~~~~~~~~



「連隊長殿~~鉄条網の切断ができました~~~」


それを聞いた私は右手のサーベルを高く突きあげて叫んだ!!

「連~~隊 突撃!!!~~~~~~~~」




”師団本部”


近くで伝令兵が大声で上官に報告しているのが聞こえた。


『第一連隊 戦闘開始30分で連隊長以下ことごとく戦死または負傷 全滅!』とさけんでいた。


1500名の兵がたった30分で死ぬかそれとも負傷をしていた。そこの上官はあおざめた顔をして双眼鏡片手に伝令兵といっしょに走りだしていった。


私はすこしほくそ笑んだ、これで山下の奴と酒井は死んだか、ここに運ばれてくるフフフ、、、


戦闘が終了すると日露両軍は各申し入れでいったん休戦となる。


その間に赤十字を付けた後方勤務する兵士が担架をもって負傷者を後方へ搬送するのである。


尚美たちが次々運ばれてくる負傷兵を手際よく状態を見極めて救護所へ運ばれる順位を決めるのである。


軍の救護所の中からも点滴いそげ、ペニシリンをもっともってこい、、尚美と上杉医師が広げた治療法が確実にひろがっていた これで前世では亡くなっていた兵士も助かる可能性が高くなったのである。



”尚美”


次々運ばれる負傷兵を手際よく容態を見極めてトリアージ・タッグを右手につけていた。


次の負傷者を見たら、太ももに大けがをした、私の顔に唾を吐いた酒井伍長だった。


彼はかすれる様な声を出して「せ~んせ~い せん~せ~い たす~けて~くれ~ せん~せ~~」


私はしばらく彼を見つめていた。


私の体が勝手に動いた、トリアージは赤 レベル1今すぐに処置をしないといけない、だがレベル1で待っている、負傷兵は救護所からあふれており、待っている間にも死んでいく兵士もいる。こいつもそうだ私はすぐにしゃがみ込み。

「看護兵、大至急点滴を持って来て~~」


そして肩から下げていたコンバット救急セットからハサミを取り出すと傷口の生地を切り始めながら彼に聞いた。


「山下少尉はどうしたの?」


「ふ~とび~まし~た。ほう~だん~が~ あ~た~り~ふ~とびまし~た~~ばら~ばら~に ふっと~びま~した。」


ざま~みろと思った。


これで潤一君もいじめられないですむと思った。


止血処理もうまくできて切開したところを攝子でつまみ医療用ホチキスでとめて治療を終わらせた。


「ほら、もう大丈夫だから、これで家族のもとに帰れるわよ」


といって彼の顔を見たら大粒の涙を流しながら私を拝んでいた。



ちょと恥かしくなって視線をずらしたらそこにじ~~と私を見つめてる負傷兵が横たわっていた。


私は、、わたしは、、、ワタシ~ハ、、、なんで、、ね なんで、なんで彼がここいるのが分からなかった。 


あなた、、馬の世話係よね~~なんでどうして、どうして~ここにいるのよ~~~両目から突然なみだがボロ、ボロ、ボロと流れてきた。


彼は両目を開きわたしを静かに見つめていた、、、、、、


それは私が知っている、きれいな目をした潤一君ではなかった、、、、


それは死んでいる目をした潤一君だった。


私はすぐに駆け寄り彼の顔を両手でつかみしばらく見つめていた。


彼の顔には私の涙が、、、ぽた、ぽた、ぽた、と落ちた。


私は彼の遺体袋に彼の好きだったお菓子をさくさん袋にいれて同じ連隊の兵士といっしょに埋葬をしてあげた。




夜遅く、私は今、伊地知幸介が寝ているテントの前にいる。


となりには結城と英国かできたマーク・クリストファー少佐、それと潤一君と同じ、軍馬の世話係4~5名彼らは潤一君と同じ秋田県出身である潤一君が死んで悲しんでいたが、偶然私の計画を知り協力したいと申し出てきた。そして彼らなりにいろいろ準備してきた。



テントの中で結城とマークが彼を押さえつけ、私は麻酔剤を彼の腕に注入した。伊地知をテントから引っ張りだすと用意してきた十字架にしばりつけた。


潤一君と同じ秋田出身の親友たちがその十字架のまわりに集まり、伊地知のコスプレをはじめた頭にニンジン2本をうまくしばりあげ、ツノのようにして顔には秋田の伝統行事の仮面ににせて作ったモノをかぶせ、馬の餌のわらで作った蓑着せた、そして右手には包丁の代わりに伊地知のサーベルをはずれないよう強く縛って完成した。



あとこの先は危険なので3人で目的地に 静かに、静か~に進んだ。


そして今二龍山堡塁要塞の激戦が激しかった、機関銃砲座から50m手前に来ている。


ここにきたら8月なのに急に寒くなってきた。まっくらな深夜で私達だけなんだが、まわりに人が集まりはじめてきたような気がしてきた。


私達は深い穴をほりその十字架をうまく立ち上げ倒れないように石で補強した そして3人でグータッチをして引き上げようとした瞬間、


「あ~り~~がと~、あり~が~と~、ありが~と~、」とすすり泣きのような声の大合唱が聞こえた。



”そこに目元がきりっとした役者のような顔をした第一連隊長加藤少佐が直立して私に敬礼して立っていた。”


彼のうしろには、ここで死んで行った900名程の勇敢な兵士が綺麗な直立不動の姿勢、で部隊整列をして恨みをはらしてくれた喜びの笑顔で私達に敬礼をしていた。


そして、、そして、、連隊長のとなりで潤一君が私におもっいきり手を振っていた。


反対の手にはあのお菓子が握られていた。その目はとってもきれいだった。


私は一瞬びっくりしたが、笑顔で親指をたてその腕を彼に向けた。連隊長も親指を立てて私に笑顔を向けて、あ、り、が、と、うというと全員静かに消えていった。




”二龍山堡塁要塞にあるロシア軍機関銃砲座”


ロシア兵のニコライは両手を機銃の上で組んで朝もやの戦場を見つめていた。

朝もやがうすれてきて、、、、


俺は驚愕したそこに鬼が俺の事を睨んでいたのである、そいつはロシア民族由来の刀のシャーシュカを握って、、、、


俺達が日本兵を笑いながら殺したことを罰するようにすごい形相で、、


(ニコライく~~ん、それは日本軍のサーベルですよ~)結城


俺は機関銃の発射レバーをガチャーンと引き 


大声で「鬼だ~~鬼だ~~~みんな起きろ!!~」と叫んだ


(ちがいま~~す 鬼ではありませ~~ん、秋田が生んだ、なまはげで~~す)おちゃめな尚美


そして鬼に向けてトリガーを引いた、バババババババババ~~~~ン


4~5mほど離れた両隣りの機銃砲座も気が付き同じように。バババババババババババ~ンと打ち出した。


50名程の兵も起き出してパパパ~ンパン~パンパ~ン


さらに鬼をみて恐怖にかられた兵は手投げ弾をこれでもか~~~と陣地にあった30発全て投げつけた。


(やりすぎよ~~)とさっきおちゃめだった尚美


そこには何もなかった、でこぼこと穴があき、木片があちらこちら肉片や血だまりさえなかった。完全に伊地知幸介は消滅してしまった。



(ざま~みろ、死んでいった、みんなに詫びをいれてこ~い、あれ!!、お前はあえないか、みんな天国だし)仕置き人尚美


その日の朝、日本軍の再攻撃が始まった。


ここを攻めあがってきた部隊は驚いた。


まわりの部隊は苦戦していたが ロシア軍のここを守っていたはずの3丁の機関銃砲座は火を吹くこともなく、また守っていた兵士からも弾一発飛んでこなかった。


かわりにとんで来るのは石礫だけで、我が部隊は1人もかけずにこの陣地を占領することができた。どうも銃の弾が一発もなかったようである




私たちが野営地にむかってあるいていたらロシア軍陣地のほうから機関銃の音や爆発音が聞こえてきた。


結城がうしろから喜んで肩をバン、バン、バンバンバンバン叩いてたはずが幸子ちゃんに変わっていた。


「おぎてくれ、朝だべ~、はよ起きれ~、メシどうするだ~~」



私は寝ぼけた顔にスルメの食いかけの足をペターとくっけて上半身をあげた。 


右手にはカラのコップを握っていた。テーブルには一升びんが転がり、こぼれた酒でビショビショだった。


あの夢はなんだったろう~~と、ぼ~~と考えていたら当然電気が走りひらめいた。


「まだ 間にあうじゃないのよ~~」





あれからしばらくして、私はいま秋田県にきている、そしてある一軒の農家の前に来た。私は玄関先の庭で妹と遊ぶ10歳前後の兄を涙を流しがら見つめていた。少年のその目はとてもきれいだった。 



彼が私にきづいて駆け足でよってきた。 


そして‥‥


「オジさん、なんかようか?」と言った。



パシ~~ンと私は思わず彼の頭をはたいてしまった。



2年後その少年は五条商会で働いていた。





つづく、、、、


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