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第140話 護衛艦隊その5


オーストラリアが単一の国家としての体制を整えたのは、1901年に連邦政府を設立しイギリスからの独立を果たした時だった。それまでは英国海軍の指導のもとやってきたが、本格的なオーストラリア海軍の構築は、1909年以降のことであった。新設されて5~6年のこの若い海軍の士官達は、初めての戦争で自分達が指揮する軍艦が百発百中の砲で、物語のような戦果をあげることを夢みていたのである。


英国巡洋艦「ミノトーア」の機関トラブルで戦列を離れてしまい、戦闘指揮を任されたのは年が一番上のトマス・グレーブス艦長の「シドニー」だった。それに追従する二番艦は、フレデリック・マリアット艦長の「メルボルン」と三番艦はチャールズ・サムソン艦長の「ブリスベン」、二人は最近昇進した同期の士官学校の仲間だった。


落ち着いていて、頭の切れる「シドニー」のグレーブス艦長は、一隻を自分が担当して残りの一隻を二人の艦が始末して、早めに片付けてから応援に来てもらい最後は3:1で決着をつけようと考えていたのである。巡洋艦「シドニー」を先頭に「単縦陣たんじゅうじん」でドイツ艦に迫っていた。


ドイツ海軍軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」のクリーベル艦長は 艦橋の後部に位置する見張り台から、最大戦速で後方から迫る三隻の敵を双眼鏡で見ながら十分に輸送艦隊から距離を取ったと思い、「エムデンのジーヴェルト艦長に敵の一番艦を狙うようにつたえろ!」と発光信号機ライトガンを持った下士官に大声で言った。


そして単座砲架の10門の10.5 cm SK L/40砲に戦闘配置についている部下達にも敵一番艦を狙うように指示をだした。口径は小さいが一分間に15発の砲弾を撃てるまで練習を重ねてきたベテラン砲手達が砲に榴弾を込め始めた。同じように「エムデン」の砲手達も敵一番艦を狙おうと榴弾を込めていた。


主砲の口径が10.5cm砲のドイツ巡洋艦に対して豪州巡洋艦の15.2cm砲は射程が長く優越していた、射程距離に入り前部の2門の単座砲がドイツ艦に向かって射撃を開始した。敵艦の航跡を追うように着弾して派手に上がる水柱、「ケーニヒスベルク」の艦橋脇の見張り台で、測距儀そくきょぎを覗いていた士官が大声で、「敵艦隊、距離8000!」とドイツ艦の射程距離に豪州の艦隊が入った事をクリーベル艦長に伝えていた。


それを聞いた艦長はついに決断して「面舵おもかじいっぱい」と操舵手に指示し「右舷側、砲手射撃用意!」と伝声管に叫んだ、こうして2隻のドイツ艦は「単縦陣たんじゅうじん」で迫る、豪州の艦隊に右舷側の横っ腹を見せて丁字の格好を描く陣形となり、砲の数で勝負しようとしていた。片側の使える5門そして2隻で10門の10.5 cm SK L/40砲、それに一分間に15発を撃てるベテラン砲手が艦橋からの統制射撃による号令を待っていた。


先頭を行く巡洋艦「シドニー」の艦橋脇の見張り台の士官が、双眼鏡を見ながら「敵ドイツ艦が針路を変更、面舵おもかじを切りました!」と大声で言うと、グレーブス艦長はにやりと笑いながら、「やっと勝負する気になったか、こちらも面舵いっぱい!」とドイツ艦との同航戦で、一気に決着をつけようと指示を出した時だった。


「ドイツ艦が砲撃を開始しました!」とまた士官が知らせてきた。ほどなく多数の砲弾が「ヒュー」と音を立てながら飛来し航行する「シドニー」正面や左右の両舷付近に何本もの水柱を噴き上げた。その時突然、「シドニー」艦橋の分厚い窓ガラスをぶち破って、飛び込んだ物体が「ピカッー」と発光した瞬間にグレーブス艦長以下そこにいた士官達の意識が飛んでしまったのである。


一斉に撃ち始めた二隻の10.5 cm SK L/40砲の一発が、偶然に艦橋に飛び込んだのである、陸上では105mm重砲にあたる榴砲弾が、狭い艦橋でその破片をばらまきながら爆発したのだった、艦橋にいた艦長や副長それに敵艦との距離や照準を測距儀そくきょぎを覗きながら指示を出していた士官など、戦闘艦にとって一番大事な指令所の将兵が、ちぎれた腕や足、臓器をはみ出し、体の一部などの血まみれの肉片となって転がっていた。


下の甲板で戦闘指示を出していた見習いの少尉が、あわて艦橋につながるタラップを駆け上がりそ破壊された艦橋を覗いたら、いきなりその場で朝、食べていたものを全て吐き出してしまった。


操舵する主がいない巡洋艦「シドニー」は、反撃の指示もでないまま直進して次々と二隻の10.5 cm榴弾によって艦艇には正確に命中弾が飛び込み、前部砲塔などに損害を与え、最後は、船体中央部に命中した榴弾が煙突を吹き飛ばし機関室にダメージを与えた。艦上部構造を破壊し、また飛散破片による戦闘員の戦闘力を奪う目的の榴弾ですでに数十人の乗員が即死し、甲板は血まみれの阿鼻狂乱の状態となって、船は黒煙と火災で燃え上がり速度は止まるほど落ちてしまった。わずか3~4分の出来事だった。


後ろから続く二番艦「メルボルン」マリアット艦長と三番艦「ブリスベン」のサムソン艦長は、グレーブス大佐がいつまでたっても直進して、ドイツ艦に滅多打ちにあって、もうもと黒煙をあげている巡洋艦「シドニー」で何かあったのかと心配して、双眼鏡で様子を見ると「やばい、艦橋が破壊されているじゃないか!」と異常に気がつき「クソ~まずいぞ、至急、面舵いっぱい!」と操舵手に指示して、左舷をドイツ艦に向けて側面と後方の砲を使えるように舵を切った。


ドイツ海軍軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」のクリーベル艦長は、速度を落として黒煙を上げて燃え盛る「シドニー」を双眼鏡で見るとほほ笑み「次は敵二番艦に目標変更!」と右舷の砲手に伝えた。一番艦への砲撃によって慣れてきたドイツ人のベテラン砲手達は、砲を操作して艦橋から測距儀そくきょぎを覗き敵艦との距離を測定している士官からの指示で砲の射角を変更していた。同じように「エムデン」のジーヴェルト艦長も敵の二番艦を狙う為に砲の射角を変えていた。


さらにケーニヒスベルクのクリーベル艦長は「面舵30!」と豪州の二番艦「メルボルン」の航行を横切る形で、攻撃を行う戦術で右舷側砲火の数でまた勝負しようとしていた。「メルボルン」のマリアット艦長は初めての戦闘で気が動転していた。後に続くサムソン艦長の「ブリスベン」と連携をとらずに別々の艦を砲撃していたのである。


しばらくすると二番艦「メルボルン」も黒煙を上げて速度を落としていた。ドイツ艦二隻の集中砲撃を受けて前部砲座が吹き飛ばされ、その際に発砲を待っていた砲弾が派手に誘爆して、破片をまき散らし艦橋のガラス窓を粉々をしてしまった。


ガラスの破片で額から血を流し、誘爆した砲弾の破片で左肩を負傷して右手で押さえながらマリアット艦長は周りを見ると、副官は頭に砲弾の破片が刺さり血を流し絶命していた。ほかにも無事な士官は誰もいなかった、皆どこかしらから血を流していた、左舷の砲はまだ元気よく砲撃をしていたが、統制は取れておらず、それぞれが正確な距離もわからずに無駄撃ちを繰り返していた。


頭を抱えしゃがんで怯えている無傷の下士官に、近くに落ちていた発光信号機を拾って「しっかりしろ!」と言ってそれを渡し「すぐに、三番艦のサムソン艦長に伝えろ!」「この海域からすぐに離脱して戻れ!、輸送艦隊を守るんだ!」 「こら!、聞いているかーわかったか!」すでにこの艦も大破してしまい、速度を落しこのままでは三番艦の「ブリスベン」だけでは同じようにやられてしまうのだったら、無傷のまま輸送艦隊を護衛している日本艦隊と合流してもらおうと思っていたのである。


正気に戻った下士官は、艦長に返事をして見張り台に立つと三番艦「ブリスベン」に向かって何度も同じ内容を繰り返し発光信号機で知らせていた。


すでに十数発の直撃を受けて、火災と黒煙を出している二番艦「メルボルン」に向かって、とどめの一撃を加えようと測距儀そくきょぎで再度距離を計らせた「ケーニヒスベルク」のクリーベル艦長は「これで、この艦も最後だ!」と言った時だった。「ヒューン」と空気を切り裂く音が聞こえたかと思ったら、二隻のドイツ艦を包み込むようにどでかい4発の28cm砲弾が水柱を噴き上げた。それによってドイツ艦は大きく揺れた。さらに少し小さいが8発の24cm砲弾が、それでも船を揺らす水柱が夾叉するように噴き上げた。


驚いたのは「ケーニヒスベルク」と「エムデン」の二人の艦長だった。素人のような豪州の巡洋艦二隻を大破させとどめをさし、三隻目を狙おうとしていたら明らかに戦艦クラスの砲撃を受けてしまったのだ、動揺しながらすぐに見張り台に向かい双眼鏡で周りを見渡した。


英国巡洋艦「ミノトーア」からの無線通信を受けて、カザマ製の蒸気タービンエンジンを全力で回して最高速度30ノット(55.6km/h)で駆けつけてきたのは

巡洋戦艦「伊吹」と装甲巡洋艦「生駒」と「浅間」の日本艦隊だった。


巡洋戦艦「伊吹」の艦橋から加藤寛治艦長は双眼鏡で黒煙を上げて停止している2隻の豪州の巡洋艦を見て、「くそ~やってくれたな~、貴様らのかたき討ちはこちらで引き受ける。」と独り言をいうと「砲術長、次は必ず当てろ!」と叫んだ。




30分後その海域には海から上がる二本の黒煙と重油の海面を角材につかまり漂うドイツ水兵やゴムボートに乗り込んでいるぐったりしている負傷兵、それを救出するために、停止している装甲巡洋艦「生駒」がカッターボートを両舷から降ろしていたのである。


決着はすぐについた、巡洋戦艦「伊吹」の主砲である28cm鉄鋼砲弾が四度目の斉射で「ケーニヒスベルク」の船首部分に直撃して、艦底部で盛大に爆発して吹き飛ばした。。最大速度で航行していた為、大量の海水が怒涛のように入り込み艦尾を持ち上げながら、ゆっくりと沈没していった、最後は「生駒」と「浅間」の24cm砲弾がとどめをさしたのである。


それを見て慌てて逃げに入った「エムデン」であったが、最大速力22.0ノット(40 km/h)では逃げ切れなかった、10.5 cm SK L/40砲で反撃しても装甲巡洋艦「生駒」と「浅間」はその分厚い装甲により、火花のように榴弾が破裂しても何の影響も与えなかったのである。


そして「生駒」と「浅間」の24cm砲弾2発が右舷側に命中すると、そのデカい穴から海水がなだれ込み右舷の甲板を下にむけながら、もうもうと黒煙を上げて沈没したのである。沈没したドイツ艦は総員退去命令が出ており、ドイツ水兵が次々と海に飛び込んだのであった。


艦長以下、高級士官が全員戦死した巡洋艦「シドニー」は停止して、まだ黒煙を上げていたがすでに大きな火災は消されていた、それを無傷だったサムソン艦長の「ブリスベン」が牽引の為に近づいていた。


二番艦「メルボルン」も黒煙を上げて停止していたが艦橋にいたマリアット艦長と生き残った士官達は、見張り台に出て牽引のために近づく「浅間」の艦橋脇の見張り台に立つ、友永艦長と副官にむかって潤んだ目で、感謝と敬意をこめて直立で敬礼をするのだった。



こうして日本護衛艦隊は、英国との約束を守り”ANZAC軍団”を護衛してエジプトのアレクサンドリア港まで無事に送り届けたのである。




この日本海軍の命を懸けてでも対象の護衛はする、日本の精神に豪州は感銘した。その後の豪州の輸送艦隊の護衛も頭を下げて依頼してくるのだった。







つづく、、、、


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