第122話 黒虎と赤虎
1910年5月
軍人が政治を握り、悲惨な太平洋戦争へ向かうはずだった日本の歴史は、二人の未来人がこの世界にきてから、すっかり変わってしまった。だが世界は史実通りに進んでいた。
漢民族を征圧し1644年から1912年まで中国本土とモンゴル高原を支配した最後の統一王朝である。清王朝、清帝国があと2年で終わりを迎えようとしていた。官僚の腐敗や農民の不満が増大し、社会的不安が広がり帝国の支配階級である満州族と、漢民族との対立も深刻化していった。
この民族間の摩擦は、清帝国の統治基盤を揺るがし国全体の安定を保つことが難しくなってきたのである。
第12代にして最後の皇帝、愛新覚羅 溥儀 (あいしんかくら ふぎ)がわずか2歳で皇帝の座につくが、そんな幼児にとってはあまりにもひどい状況でわずか4年ほどで革命により退位することになる。
この清王朝を倒し、中国の近代化を進めるために努力した革命家「孫文」がこの日本に滞在していた。日本政府は秘密裏に彼を支援していたのである。すでに西園寺先生は結城からこの人物が中国において「辛亥革命」を起こして清王朝、を打倒し1912年1月1日、中華民国臨時政府が南京に成立させる事を知っており、「中国革命の父」であり中華民国では中国最初の共和制の創始者、初代中華民国大総統である。
孫文の影響を受けた革命軍への武器援助や資金援助をして、思いっきり恩を売っていたのである。このため軍の兵器更新で、英国製の弾丸仕様になって新型小銃に切り替えた事で使う事がなくなる、日本の主力小銃、三十年式歩兵銃などの兵器や大砲が中国の革命軍へと大量に流れていくのであった。
満州の奉天と長春には、すでに20万人を超えるユダヤ人家族が移住して生活していた。欧州のユダヤ人財閥ロスチャイルド家と米国のユダヤ人大富豪ヤコブ・ヘンリー・シフ氏らが資金を出して、日本政府が資材と人材を出して街の郊外には三階建ての鉄筋コンクリートによる住宅団地が何棟も立ち並び、郊外のとてつもなく広い荒れ地や、平原を日本政府が用意した農具やカザマ製のトラクターなどを使い、移住したユダヤ人たちは懸命に働き広大な農地が広がっていた。そこへ化学肥料の効果もあり豊富な作物の生産が彼らの生活を支えていたのである。
また大連から奉天そして長春までつながる満州鉄道を手に入れた、米国の鉄道王と呼ばれたエドワード・ヘンリー・ハリマンが資金を投じて駅周辺の開発も手掛けて米国企業も次々に進出してきた。これによりユダヤ人の仕事も増えて小さなお店や関連会社などを立ち上がていくので、奉天や長春は香港やマカオなどと同じように、インフラ整備も整い都会のような街並みになってきたのである。
結城の考えは日本が孫文を思いきり支援して、関係を持ちながら中華民国が建国された時に、この満州を自治区として認めてもらう事であった。
~~~~~~~~~
帝国ラジオでは2年前から、週に3回、夕方に幸子ちゃんの演歌を生放送で歌わせていた。夕方になるとリスナーのリクエストに答えてその生の声で歌う演歌
は評判でレコードも爆売れとなったのである。こうして帝国ラジオの所属で休みの日は劇場でコンサートの公演をしたりしていたが、あまり人前で歌うのは
苦手だった幸子ちゃんは、最近は回数をへらして、毎週一回、土曜日のラジオの仕事だけしていたのである。
今日も週一の仕事をこなして夜、王子の駅の改札からでてくる幸子ちゃんの事を駅前の端で一匹の勇壮な虎模様を特徴にした、中型犬が伏せの姿勢でおとなしくまっていた。
駅の出入り口から出てきた幸子ちゃんを見つけると立ち上がり、大きく背伸びをして、ゆっくりと尾っぽを振りながら近寄ってきたのである。
「あれ、今日はクロが迎えだべか」そう言いながら笑顔でその黒い虎模様の犬の頭を撫でながら、尚美や結城の自宅へと歩いていくのであった。
半年ほど前から結城や尚美の自宅の周りに、この黒い虎模様の犬と赤い虎模様の二匹の犬が居ついてしまったのだ。尚美や結城が仕事ででかけるといなくなり、夕方になると家の周りにやってくるようになったのである。幸子ちゃんがそれに気が付き、”かりんとう”で餌付けをしたら、すっかりとなついてしまいそれ以来、二匹は飼い犬のように朝と晩に幸子ちゃんから餌をもらうようになったのである。それからは幸子ちゃんが外に出かけるといつも、どちらか一匹がついてくるようになった。
その頃、尚美や結城の自宅前では赤い虎模様の犬がお座りをして、近くに止まっている黒いバンの運転席に座る男をじ~と見ていた。
そうだ、その男が百地三太夫の11代目の子孫の長男で竜一だった。尚美や結城の自宅にうろついていたのは、百地家で育てられた有能な忍び犬の黒虎と赤虎であった。
この犬は元来、山梨県の南アルプスの山岳地帯でイノシシやカモシカに熊などの獣猟につかわれる中型の犬で甲斐日本犬と呼ばれ、毛色は黒虎毛と赤虎毛とに分かれる、虎毛部分の色がビール瓶を太陽に透かした様な美しい赤い色素を持つ個体を赤虎毛とするが、赤の色素の無い褐色の縞の黒虎毛も勇壮な虎模様を特徴とするため、「虎毛犬」の別名をもつ、年齢を重ねるに従って虎毛がはっきりしてくる。
虎毛は山野で狩りをするときの保護色となり飼い主以外の人間には心を開かず、一人の飼い主に一生忠誠をつくすことから一代一主の犬とも評される。その甲斐日本犬を百地家では代々、忍び犬として育て、いろいろな技を覚えさせていたのである。半年前から結城や尚美の自宅の夜間警護を、この兄弟犬である優秀な忍び犬が任されていたが、いつのまにか二匹は幸子ちゃんの事を気にいって、このようなガードマンのような事をするようになったのである。
土曜日の夜遅く、王子の街中を抜けると、街灯も途切れてきて少し暗い場所になり、少し酔った二人の若者が向かいから歩いてきて、一人で歩く幸子ちゃんを見つけて声をかけてきた。「あれ~、おね~ちゃん、一人なの~、僕達と飲みにいかない~」と言いながら幸子ちゃんを捕まえようと、腕を伸ばし近づいてきたのであった。
幸子ちゃんは驚きすこし怯えると、脇でいしょに歩いていた黒い虎模様の犬がその間に割ってはいり、その凶器である牙を剥き出しにして、忍び犬は強さゆえ無駄ぼえはしない、耳が前に傾いてしっぽが上がり、毛が逆立って鼻にシワを寄せて、『近づくな!触るな!』とその酔っ払た二人の若者に向かって威嚇の唸り声をだしたのである。
「なんだ~、この野良犬、あっちにいけ~、」と若者は持っていた傘でクロを思い切り叩くと、さっと横に飛んでその一撃を避けたのである、さらにもう一人が道ばたに落ちていた角材を拾うと思いっきり振り上げてから、狙いを定め振り下ろす寸前に、クロと呼ばれたその犬はすばやくジャンプしてその角材を口で咥えて奪い取り、男達の前まで近づき威嚇するようにそれを”バキ!”っと噛み砕いたのである。
『この牙で咬まれたらこうなるぞ~!』と言っているような仕草で二人の若者に向かってまた牙を剥き出し、先ほどとは違って『今度は殺すぞ!』と、とんでもない殺気を放ったのだった。
凶暴な熊やイノシシを相手にしても一歩も引かないに「虎毛犬」の別名をもつ甲斐日本犬にとって、酔っ払ったきゃしゃな若者は相手にならなかった。
二人の若者はその犬の凶暴な殺気にビビってしまい、咬まれないうちに走って逃げていったのである。
幸子ちゃんはそれを見て「クロ~、おらのこと守ってくれたんだか~」と言いながら喜んでしゃがみ込み、クロに抱きつくのだった。クロは少し嬉しそうに幸子ちゃんのでかいオッパイに、グリグリと飛び出た鼻づら寄せ付けて、前足の肉球をそのオッパイにのせるように甘えて、しっぽを思い切りふって、そのふくよかな胸の弾力の感触を楽しんでいたのである
黒虎はちょっと・・・エロ吉のように、でかいオッパイが好きなスケベな忍び犬だった。
つづく、、、、




