第107話 伊藤博文閣下の刺殺事件
1907年5月
結城
立憲政友会の事務所で、海軍技術研究所との打ち合わせの段取りをしていたら伊藤博文閣下が暴漢に刺殺された第一報が舞い込んできた。
俺はそれを聞いて”やばい、歴史が変わってきている、おそらく満州鉄道あたりが原因だろう、”とあたりを付けて大至急、警察から詳しい内容の連絡と政府のスポークマンとして、このテロ行為の情報統制をしなければ、右翼のやつらがまたいいように騒ぎだすつもりだと思った。そのため大手の新聞社を集めて、政府の見解を至急に発表しないとまずいと思った。
事件から一時間もしないうちに事情を知った西園寺先生や他の先生方も集まり、この時代にテロなんて言葉は知らないだろうから、「卑劣な暴力で国策を捻じ曲げようとしている連中がいます。奴らはきっと政府が外国と手を組み国を売るつもりだ、と主張するかもしれません、国民の民意がこれで奴らのこの暴力を肯定するようなことがないように、すぐに大手の新聞社などに政府見解を発表しますがよろしいですか。」
こういうマスコミ対応に弱いこの時代の先生方は、すぐに俺の言っている事を理解して了解をもらった。
まだ翌日の朝刊にはぎりぎり間に合う時間に、大手新聞社の張り付き記者を集めて政府からの緊急発表となったのである。
警察から聞いていた事件の概要を説明してから、俺は政府としての見解を発表した。
「伊藤博文閣下は豊富な国際感覚を持っていた穏健な開明派で、日本の近代化特に憲法制定とその運用を通じて立憲政治を日本に定着させた人物である。
アジア最初の立憲体制の生みの親であり、その立憲体制の上で政治家として活躍した最初の議会政治家として、西洋諸国からも高い評価を得ている日本の宝のような人物を政治的目的を達成するために卑劣な暴力で捻じ曲げる事が許されるのか、断固として政府は、この事件を裏で操っている者を断罪いたします。」
翌日の新聞にこの事件が一面を飾り、政府の見解が功をそうして、どの新聞も卑劣な犯行と亡くなった伊藤博文閣下の功績を称えていたのである。
朝刊がでたその朝、各新聞社には右翼系の団体から国を外国に売った政府への「天誅」としての声明文が届いたがすでに遅かった、すでに国民はこの新聞を読み暴漢に襲われ亡くなった伊藤博文閣下を悼み、この卑劣な行為に憤慨したのである。右翼系の新聞社はこの事件を盛大に扱い、犯人を英雄のように扱った記事だったが国民はこの新聞社に石を投げつけたりしていた。もちろん帝国ラジオも協力して、こいつら右翼系がやらかした悪行をエロ吉と小島ナエがあることないことをつくり話にして流すと、さらに石を投げる連中が増えていき俺はどの時代でもやはりマスコミの力はすごいぜ~と思った。
伊藤博文閣下の国葬は日比谷公園で行われた、官邸で柩前祭がおこなわれ棺に従った葬列は、日比谷公園の祭場に向かい式典終了後は霊柩は馬車に移され、西大井の墓地へ、埋葬式がおこなわれ大勢の国民が沿道で見送ったのである。
この事件に関わったと思われる連中が取り調べを受けたが、誰もが彼一人の単独犯行だと言い張り結局、実行犯だけが罪を被る事になった。
俺はこの時代の物騒な連中を考えると、日本において重要人物を警護する専門家集団であるSP「セキュリティポリス(Security Police)」がなんでないんだろう、やはり体を張って、皇族や内閣の各大臣などの警護を担当する部署を作る事を考えていた。そして国政に不満を持ち、指導者を殺害や暴力などで目的を達する過激な国粋主義者を査察・内偵し、取り締まることが目的の公安警察も早めに作ろうと思っていた。
政治結社・誠天会事務所
鬼山誠天(誠天会会長)
「クソ~、兵士が命がけで手に入れた満州の利権を外国に売りやがった裏切りものを、国民にかわって天罰を下した俺達に石を投げてくるなんて、ゆるせね~、岡田さんよ~、政府はずいぶんと手回しがいいんじゃねいかい、どうなってだよ、」
「やはり、おかしいですよ、誠天会長、政府のジジィ~達がこんなに早く朝刊に政府見解を出すなんて、やはり誰かが知恵を出していそうだ、こちらでも調べてみますよ、それで、これからどうするんです。」
「ああ、しばらくはおとなしくするよ、今はやりのラジオでも俺達は叩かれているからな~、外も歩けね~よ」
こうして右翼系の団体はおとなしくなるのである。
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自宅でくつろぐ尚美
休みの日に玲子が久しぶり遊びに来ていた、幸子ちゃんと夕飯の支度をしようと思ったら、「こんちわ~、尚美ちゃ~ん、いるかい、」と言って自分の家のようにマサオカがづかづか入ってきた。
「およよよ~、玲子ちゃ~んもいたのかい、ちょうど良かったぜ、おいらの相談にのってくれね~かよ、」
「まだ、夕飯は食ってね~だろ、そう思ってほら、尚美ちゃんの好きな松坂の牛肉、あの大将から買ってきたぜ、」
そう言って正岡は台所のテーブルに肉の塊をど~んと置いた、
「それと、これはちょうどよかった、玲子ちゃんの好きな冷えてるビールだよ~」とこれもテーブルの上にど~んと上げるのだった。
玲子
「キャ~、どうしたのよ~、こんなおいしそうなお肉、あんたも気が利くのね尚美、どうするのこれ、なんで食べようか 」
尚美
「決まってるわよ、、しゃぶしゃぶよ~、野菜もあるしちょうどいいわ、幸子ちゃん土鍋出してくれる、」
こうして、ワイワイガヤガヤと楽しく腹いっぱい食事をした4人は、残っているビールを飲みながらマサオカの相談を聞くのだった。
「いや~、聞いてくれよ、尚美ちゃんから借りたレコード、あの未来の歌がさ~大人気になっちゃて、誰が歌っているだ~てことになちゃってもう大変なんだよ、何かごまかす方法はないかな、」
尚美
「エ~、あんたが勝手にやった事でしょ、知らなわいよ~」
「そんなこと、いわね~でけれ、肉食ったべ~、」
「ふん、、幸子ちゃんのマネしてもダメよ~」
「誰か、歌の上手い人でもいないの~、どうせこの時代じゃ、誰が歌っているかわかんないわよ、、尚美が歌ってやれば、あんた歌うまかったじゃないの」
「私はロック系なの、こんな人の心の中にある思いや感情を演歌にのせてなんか歌えないわよ。」
「玲子、はダメかあんたとカラオケいったときに、二度と歌わないでって言ってケンカするほど酷い音痴だったし」
「そうよ、この時代にきても女学校の合唱の時は口パクよ、人には聞かせられないわ、」
マサオカ
「そうか、困ったな~、あとは行きつけの飲み屋の女将さんぐらいだな~、、歌はうまいんだが、ちょっと年齢がな~50歳過ぎてるし、、あれじゃ~ごまかせないよ」
「おらが歌うだ、」そう言って美味しいお肉をたらふく食って、ビールも飲んで酔って気持ちが大きくなった幸子が立ちあがり、立ち位置を変えて、DVDのドラマで覚えたのか空のグラスを右手にもって、マイクに見立てて口元に近づけ
「んだば、、レコードで聞いた、おらの好きなテ〇サテンさんの”つぐ〇い”ば歌うだ」そう言ってアカペラで歌い出した。
♫~ 窓に~(^^♪西陽が~あ^ー^る部屋は♬ ♩
♩~いつもあ~な~の♫ 匂いが~す~わ(^^♪
♬ひ~とり暮~せ~ば(^^♪ 想い~出~す~ら(^^♪
♪~壁の傷~も 残し~~まま(^^♪おい~て~くわ
♫ 愛をつぐ~えば(^^♪ 別~な~けど♪
♪ こ~な女~も 忘れな~でね(^^♪
(^^♪優し~ぎたの あな~た♫
♫子供~たいな あ~た(^^♪
♪あす~他~同志(^^♪にな~けれど♪~
幸子がアカペラで歌い終わると
その部屋にはビールの入ったグラスをもって
口を開けた状態で、時間が止まったままの三人がいた。
つづく、、、、