【満 開】ケンと理香、最高の一瞬
10月に入ると、秋の結婚式シーズン。休日は殆どバイトの予定で埋め尽くされた。
とある金曜日の朝。ケンの携帯にグランドクリスタルパレスから電話があり、夕方に理香と一緒に来て欲しいという。理香に連絡を取り、17時すぎにグランドクリスタルパレスへ。
事務所に顔を出すと、ケンの上司の主任と支配人がやってきて言った。
「山本君、明日なんだが……披露宴会場でルームキャップの黒服をやってくれないか?」
「ええっ!」ケンと理香は驚いた。ルームキャップの黒服と言えば、経験3年以上のベテラン社員が勤める会場の総責任者。どうしてバイトに……?
明日は大安ということもあり、全会場がフル回転するのだが、黒服の出来る社員が相次いで不幸や病気で休む事態になったそうだ。
「でも、僕はバイトで責任が……」
「受注課長が横で見ていて、分からないところはインカムで指示をだすから」
「それなら、どうして課長さんが……あっ、そうか!!」
受注課長はバイクに乗っていて走行中に転倒。腕をギプスで固定しているんだった。ギプスをしている人がルームキャップなんて出来るわけがない。
更に、ケンはバイトでありながらベテランの証である銀バッチの着用を許されている。
そして、ケンが勤める予定だったスポット係には理香を抜擢するという。
ケンは被服室に連れて行かれ、黒服をあてがってもらった。
黒服に蝶ネクタイ。白い手袋を付けると、我ながらそれらしく見えた。
「ケン……かっこいい」
「理香ちゃん、彼、格好いいだろ。でも、スポットで照らすのは彼じゃなくて新郎新婦だからね」
「もうっ、馬鹿にしないで下さい」皆で大爆笑。
明日ケンが担当する「ルビーの間」に移動し、陰で見守ってくれる受注課長と主任を交えて改めて打ち合わせ。ケンは普段から黒服の動きを見ていたので、飲み込みは早い。立ち位置や手の差し出し方などを確認した。
「主任、復習したいからここ使っていいですか?」
「うん、しっかり頼むね。俺たちは夜の宴会でいなくなるけど……」
「はい」
「あ、ちょっと待って…………」
「はい?」
「理香ちゃん……折角だから、こっちおいでよ」と主任に被服室に促される
「???」ケンと理香がくっついていくと、主任は一角を指し示して「折角だから着てみたら」とニヤニヤ笑った。
「ええっ? いいんですか?」
「ああ。今シーズンでどうせ捨てる服だから」
主任が指さした先には、ウェディングドレスが吊してあった。貸衣装屋が使わなくなったドレスを何着か分けてもらってしまってある。ドレスが急に汚れたり、時にはドレスあわせから太ってしまう新婦さんがいるのでその時に使ってもらったりと、たまに役立っている。
シーズンが終わると、貸衣装屋からドレスがもらえるので、ここのドレスは処分するというわけだ。
(貸衣装は3回貸せば元が取れるので、貸衣装屋は毎年ドレスを新品にしている。)
理香は呆けたような顔をしてそれを見ていると、主任に呼ばれた経理課の女性スタッフがやってきて、ケンたち男は追い出された。
「理香……きれいだよ」化粧や髪型はいつものままだが、自分の彼女のドレス姿に思わず見とれてしまう。レンタルの造花ブーケもしっかりと手に持っている。
「山本君。黒服が花嫁さんに見とれてちゃだめじゃないか。さあ、練習練習」
と会場に連れていかれた。
「ねえ、ケン……裾踏んづけて転んじゃいそう」
「理香、ドレスの裾は蹴飛ばすようにして歩くんだよ」
バサッ、バサッ ドレスが擦れる音がした
「ケン……こんな格好、とても人には見せられないね」
だだっ広い会場には、黒服姿のケンとドレス姿の理香だけになった。
既にテーブルと椅子、引出物がセットされているところで理香に新婦役をやってもらい、ケンは誘導方法を復習し、引き続きキャンドルサービスの練習にはいった。
「それでは、新郎様、右手でトーチを持って下さい。左手は新婦様の腰に回ります。新婦様の右手はトーチ、左手はブーケを持ったままで……」
「ねえ、ケン。実際にやってみようよ」
「どれどれ」ケンは理香の腰に手を回し、トーチを持つ仕草をした。
実際に火はつけないが、テーブルをひとつひとつ回って付ける真似をする。そして、メインテーブルのブライダルキャンドルに点火する真似。がらんとした会場に沢山の椅子とテーブルが並ぶ光景。自分もこんな式を挙げる事ってあるのだろうか……ぼんやりと会場を見ていると、
「ねえ、ケン……ケーキカットもしてみない?」と理香。
「うん」
高さが3m近くある作り物のケーキ、手元の一部分、小箱ぐらいの大きさのスペースがぽっかりと空いている。
明日、そこだけ本物のケーキが填め込まれるのだ。
ケーキの前に進み、ナイフを二人で持つ。そして、ぽっかりと空いたところにナイフを差し込む。
「ケン……私……」
「理香?」
「ケンのこと大好き」「俺もだよ」
「私、私…………」「?」
「卒業したら、ちゃんとドレスを着て、ここでケンと……」
「えっ」
「ケンと一緒になりたい。ここで式を挙げたい」
「理香…………」
「だめ?」
「だめじゃないよ。俺もそうしたい。そうそう、理香、ごめん」
「えっ?」
「本当は俺から言わなきゃいけなかったのに。理香に言わせてしまって」
「そんなこと無いよ。私、ケンのこと愛してる」
「理香、愛しているよ。一緒になろうね」
ケンは、ナイフをナイフスタンドに戻すと、理香と固く抱き合った。
目をつぶった理香の唇と自分の唇を合わせた。理香の呼吸が誰も居ない会場に響き渡っている…………と、
いつのまにか、会場が暗くなり、スポットが当てられ、ムード溢れる音楽が流れていた。
理香は潤んだ目をして、ケンのことをより強く、ぎゅっと抱きしめてた。ケンも…………あれ? どうして照明が変わったり音楽が流れているんだ??
程なくして、会場から拍手が起こっていた。あわわわわっ。
「主任! 課長さん! 支配人まで……どうしたんですか?」10名近いスタッフが集まっていたのだ。
「山本君。ケーキカットでキスはしないんだからな。当日そんな演出したら許さないぞ」と誰かがおどけて言うと大爆笑の輪が起こった。
「あんたたちがなかなか降りてこないから、覗きに来たら……エッチ♪」
「それで、支配人が悪戯で音楽と照明を切り替えたんだ」
理香はケンの後ろに隠れて、茹で蛸のように真っ赤な顔をしていた。
翌日。ケンは無事に大役を務めた。
この日、ルビーの間では連続して2席の結婚式が行われたのだが、2席目ともなるとケンにも自信が付き、スーツ&ギプス姿で会場の隅に立っている受注課長からの指示も殆ど無かった。
3年生の秋ともなると、そろそろ就職を意識する季節。
北東北出身のケンと静岡出身の金谷理香。まずケンが東京で就職することにした。ケンの1年後に理香も卒業するので、卒業と同時に結婚。
「理香、本当に(俺なんかで)大丈夫なの?」と、アパートでの会話。
「うん。てか、今からでも籍入れたいけど、だめ?」
「ちょっとまずいよ。新卒の学生が既婚者なんて企業の求人担当者がドン引きしちゃうから。せめて理香が卒業して就職しちゃえば籍入れてもいいかもね」
「うん♪」そう言うと、理香はケンの上にのしかかってきて、いつものように唇を押しつけてきた。
グランドクリスタルパレスで式を挙げるカップルは人それぞれだが、新郎の中には35歳を超えてやっと相手を見つけたという方も多い。頭がすっかり薄くなった新郎さんを見ると、自分はどんなに幸せなのだろう。
「幸せになって下さい」とケンは真剣に思いを込める。まだ未熟ではあるが、心のこもったケンのサービスは常に好評だった。
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年が明け、期末試験が終わると企業研究。
ケンは、メーカーで開発部門の仕事をしたかったので、それに的を絞って情報収集。
帰省も最低限にして、底冷えのするアパートで色々調べて過ごした。
4年生の4月。
いよいよ本格的な就職シーズン。
セミナーや説明会が各社で開かれ。ケンは精力的に活動した。
一流の会社に入り、理香と幸せな家庭を築くためだ。
が、理香と会える機会はめっきり減ってしまった。今までは毎日のように会っていたのが、週に1回あるかないか。
しかも、セミナーなどに早く行くなどの都合で泊まりは控えてもらった。
理香は不満そうだったが、一流企業の内定、いや、内々定をもらえばその分の埋め合わせはできる。
心の中で理香に詫びながら、ケンは企業回りを続けていた。




