表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
*PARADICE  作者: 横谷昌資
28/30

ぼくはだいたいまちがってる

権利の幅が広い

“してもいいこと”の範囲が広い

範囲が広いから大抵のことは許される“ことになっている”

あなたにとっての“悪”とは明かな犯罪行為のみ


だから、いくら批判されようが注意されようが

法的に罰せられることがない以上、

あなたにとってそれは“悪いこと”などではない

だからあなたはひたすら自分の道を進んでいく


だからそこでは“それちょっとマズくね?”とか

“それはちょっとやりすぎじゃね?”みたいな

いわゆる優等生的な論理の歯止めが効かない

あくまで論理的だから


大切なこと、重要なことは、

自分の論理がいかに正しいか、を証明することで

そこには“他人を幸せにしよう”みたいな発想がない

あくまで論理的に生きてるから


感情論はなにも生み出さない、というけれど

何事も使い方次第で何事にも限度があるものさ


勉強をすれば“わかる”とは限らない

前回と言ってることが矛盾したら

なんとかして辻褄を合わせなきゃいけなくて

あの手この手で理屈をこねくり回す


そのために“前提の共有”や“文脈の読解”など

本来“わかる”ために必要な知識や技術を

自分にとって都合のいいように利用する

勉強はあくまで自己正当化を補強するためだ


自分の間違いを認めればあっさり次へ進めるのに

でも、それはこの上なく難しいことだ


感情論は何も生み出さない、というけれど

自分のは感情論じゃないつもりなの

あなたの論理はいつか綻び始めるだろう

だって、あなたの行動原理は“快感”なのだから


さてここで俺は考える

もしかしたら間違っているのは俺の方で

正しいのはあなたの方なのではないか、という可能性を


そうそれはあらゆるものへの敬意として––––


でも自分のことを容易に疑える人って

精神を病みがちなのよね……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ