お楽しみな日常は魔描によって微変した。
「エイヨ、ちょっと話があるんだけど――」
「い、今ぁ? ちょっと、今手が離せないから後にしてー!?」
俺の部屋の出入り扉越しに母の声。今はそれにかまっていられない。
なぜなら。
「あぁ。良いイラストだなぁ。今日も俺の下半身にぶらさがったジョーが火を吹くぜー!!」
絶賛、お楽しみ中だからである。
◇◆◇
俺の名前はエイヨ・タベ。29歳男性のニートだ。親のスネをかじって生きている。
◇◆◇
母の俺に対する話は十中八九そろそろ働けどこここに就け、って話だろう。だいたい何が楽しくて刺身の上にお花乗せるような木偶でもできそうな仕事をしなくちゃいけないないんだ。俺は未来の魔術網界に羽ばたく一角な存在だぞ! そんな夢の無くて退屈な仕事なんてやりたくない。 俺はアナクーダのオチャキンみたいな面白い動画を撮ってその再生収益で豪遊したり、ハル―ガマーケットの壁サー所属でゾックス(旧ツバッター)でフォロワー10万人級で同人誌の収益で豪遊したり、ツヒッチで楽しい話とゲームプレイを毎回同接1万人に届けてそこでビッツやサブスクをたんまりもらって豪湯する男だぞ!……未来のな? 今じゃないぞ? いずれ来るんだからな? 本当だぞ……?
――本当は分かっている。このままじゃダメだと。もう29歳、いい歳だ。魔術網界で一角の存在になってそこで富名声力を得て豪遊する――こんな勝機の無い夢を何年も見ている。そもそもアナクーダに投稿する用の面白い動画を撮ることもできないし、ハル―ガマーケットで活動して壁サー所属して同人誌や創作物など収益で豪遊できるほどの創作力の類など持ち合わせていない。
端的にいうと問題は2つ。1創作力のレベルが上がらない。2創作物を魔術網に流せない、それらの問題があることで魔術網界で一角の存在になるためのコミットができない。
どうしてそんなことになっているかだって?
◇◆◇
たまにはラノベでも書くか。何もしなかったらただのニートだからな。俺は未来の魔術網界の一角の存在だぜー!!
9時間後。
やっと、書けた……たまたま朝起床できたからその勢いを活かして執筆したがなかなかの出来だ。もう夕方になってる、よくここまで執筆したなぁ。これはラノベ投稿魔術網ページ”ラノベ作家になれい!”でランキング1位を獲って。ゆくゆくは書籍化してその印税で豪遊だな! でも、何か忘れているような?
デスクの椅子に座る俺の背後の空間が裂ける。そして、きゅるるんというような軽快な音を立てて、黒髪で黒い水着のようなものを着ていて黒い天使の羽を生やしたような女性がその裂け目からぐいんとあらわれる。
「創作してくれてありがとー! では、いただきまーす!」
「アッ。俺の精気……」
「もぐもぐ。ごっくん。ペロリ。あーおいしかった! じゃあまたねー」
お分かりいただけただろうか……?
俺の創作物とそれに宿る精気そして創作した時の経験値、それら全てをあの女。もとい淫魔に吸収されたのだ。
◇◆◇
なんの因果か。俺は生まれた時から、淫魔の呪いがかかっていた。それは前述の通りだ。俺の創作術のレベルは上がらず、魔術網などに創作物を流すことができない(正確には創作物を大衆などに披露するような行為が封殺される)
そんなわけで俺の創作成り上がり人生の未来というのは実際のところ前途多難どころかほとんど詰んでいるといっても過言ではなかった。しかし、時々思い出したかのようにあるいは発作的に衝動的に、イラストやラノベを作りたくなっては作っている。まぁ将来が不透明なことに対して不安になったりして、その感情の拠り所を与えるために、たとえ淫魔に成果を奪われたとしても創作することがあるのだ。空々しい現実逃避だな……
◇◆◇
ある日の夜中。お楽しみの時間も終わって、虚しい賢者タイムから少し経過した頃。俺はゾックスのエロイラスト漁りとは別種のお楽しために商店に来ていた。目当ての物は、チヌセーフと刺身と栄養食。いわゆるリラックスの時間をもたらすちょっとした飲み物とそのアテと英気を養う食料。(チヌセーフは酒ではないからそれと一緒に食べるものをアテと表現するのは正確ではないが)
これらをキメることで次なるエロイラスト収集とお楽しみの時間のための活力とする……こんなことを堂々と言った後になんだが、こんなことをしていったいなんのために生きているんだろうね?
正面をよぎる影。猫だ。猫がいる。商店からの帰路にキジトラの子連れの猫がいた。知っている猫だ。時折、道中で見かけていて、触ったり餌をあげていた。
この猫はいわゆる街で面倒をみているような地域猫というわけでもなく完全な野良猫。だから避妊手術もされていないのでどんどんを子猫を産んでここ周辺を猫だらけにさせている。それが衛生被害を生み出すこともあるという噂もある。またあんまり増えると母猫も面倒見れなくなって育児放棄することもある。かわいそうだからそういうことにはなってほしくはない。まあ不用意に餌をあげたりして雑に面倒をみて、そういうことに貢献している俺も悪い飼い主? だろうけどな。
いいなぁ、キジトラ猫さんには交尾する相手がいて。俺はディスプレイに映る何枚かのイラストがいつも相手だぜ? ……二次元には二次元の良さがある。それはそれて良いさ、リアルが絶対の正義といわけではないさ。でも金があればなぁ。リアルバトルなお楽しみ用(隠語)の奴隷とかホムンクルスを買って、毎日俺の下半身にぶらさがったジョーに火を吹かせて気持ちの良い人生を過ごせるのに。
ままならない自分の人生を嘆きながら、俺は買ってきた刺身の包装を解く。
「俺の分まで気持ちよくなれば良いさ。かわいいやつめ」
キジトラ母猫は何食わぬ顔で刺身に食らいつきながらおいしそうに鳴く。
「ウミャイ、ウミャイ」
はは。空耳で美味しいと言っているように聞こえる。
「いつも美味しいです! ありがとうございます! 嬉しいです!」
「いやいや。喜んでもらってこっちも嬉しいよ」
ん?
「オイシー! オイシー!」
なんだ猫の鳴き声の空耳か。
なんか自然に誰かと会話したような気がするが気のせいかな。俺、疲れているのかな。数十秒前の記憶が曖昧だ。もうトシかな。
「たまにはお礼をさせてくださいよ。大したことはできませんが」
「いや、いいよ。そんなつもりで餌をあげているわけじゃないから。俺は猫と触れ合えれば十分だよ」
そう。俺に許されているのは、リアルの女性の人肌に触れることではなく猫と触れ合うことことなんだ。良いじゃないか、かわいいし癒されるんだから。
「いやいや。そんな遠慮せず。なんなりと」
そこまで食い下がるなら何か頼まないのもむしろ悪い気がしてくる。ここは何か軽い依頼をして帰ってもらうことにしよう。
……誰に?
目の前には刺身を食べ終わって、にこにこ満足げ(に見える)なキジトラの母猫とその子猫達。周囲には他に誰もいない。
ひょっとしてこのキジトラ猫……
「あのーキジトラ猫さん。しゃべれるの?」
「はい? さっきからお話してるじゃないですか」
キジトラ猫はこちらをじっと見ている。
「キジトラ猫さんってもしかして、魔猫の類?」
「私のことをそう呼ぶ人間もいるみたいですね」
なるほどなぁ。しゃべれるタイプの動物がいるとは過去に見聞きしたことがある。たとえば家畜の販売店や曲芸団などで物珍しい動物としておいてあったりした。だから極端に驚くことは無いが、あまり一般的な方ではないから、こうやっていざ出会って会話してみると新鮮味がすごい。しかし――
「今までしゃべらなかったじゃないか。今になってなぜ?」
「あなたから食べ物をもらった時からでしょうか。だんだんと人間の言葉が分かるようになってきました。そして。ある時、試しに人間のように声を出してみるとしゃべれることが分かりました。私にもよく分かりませんが、あなたがくれた食べ物に精気やマジックポイントやマナの類が付着していてそれが私の身体に蓄積していった結果、魔猫としての覚醒に至った、ということでしょう。そしてあなたからそのような食べ物をもらってもすぐ人間の言葉を解せなかったのは、覚醒に至るためにもらっていたエネルギーが毎回微量だっために、すぐに覚醒しなかったからだと思います。私にもよくわかりませんが。それはそれとして、今までのお礼をしたくなったのでこれを機に声をかけたのです」
急に超説明口調になるじゃん。それにしても俺にマジックポイント(いわゆるMP)や精気やマナの類が残されていたのか? 俺のその手のエネルギーは全て淫魔に絞り搾られていたのではなかったのか? まぁ、キジトラ猫さんがいうようにそのエネルギーは微量だったということだから、あながち淫魔に俺のエネルギーを全て搾られていたわけではなかったということか。
おそらく淫魔から泳がされていたのかな。ふたたび俺にエネルギーを作り出させてそれをかっさらうためにわざとエネルギーを残した。
なんだよ俺は淫魔の養分かよ! 馬鹿かァ! アホかァ! まさにキチク!
ともかく。なんであれ俺の創作は全てが無駄ではなかったということか。こうして猫と会話ができているのだから。稀有な経験だな。ありがたい。
でも実のところこの現象は事前に予想できたかもしれないから案外平凡なことかもな。学校の勉強を今よりも真面目に取り組んでエネルギーのことや淫魔の素行に詳しかったら自明だったと。
学校の勉強は苦手だったが興味がなかったわけではない。だからといって今から勉学に励めと言われてもそれはそれで嫌なんだけど。
仮に魔術の勉強をやりたくなったところでできないんだけどね。俺にはその手の行為を阻害する淫魔の呪いがあるのだから。あの呪いは俺の創作全般阻害する、これには魔術レベルを高めることも含まれているからな。魔術ってほとんど創作っぽいからそれも当然といえば当然か?
したがって、魔術に詳しくなることができず、魔術に詳しくはない。
これは憶測というか妄想かもしれないが。学校の勉強や創作にコミットできていたら、もっと幸せになれていたかもしれない。学校の勉強を精力的にこなせていれば今頃それなれりの会社に入社するための足がかりにできてニートにならずに済んだかもしれない。そして趣味でいいので創作の経験値を積めてレベルを上げて外部に創作物を流せれば魔術網界で一角の存在になれたかもしれない。
淫魔の呪いさえなければこれら全てを追求することができたのに。
そして。毎日、不毛なお楽しみと称した自家発電に励まなくても済んだかもしれない。
「さあ。とりあえずで良いので私にして欲しいことを言ってみてください!」
だから願った。
「キジトラ猫さん。俺にかかっている淫魔の呪いを解くことはできますか?」
◇◆◇
キジトラ猫さんは俺の願いを部分的に叶えてくれた。 ……部分的に?
キジトラ猫さんは、その草の根ネットワークともいうべき人脈網ならぬ猫脈網をいかんなく発揮しとある淫魔の界隈を突き止めた。俺に呪いをかけた淫魔が属す集まりだ。キジトラ猫さんはそこと交渉したらしい。その内容は。キジトラ猫さんがその美貌を発揮してエネルギーの高い人を集め、そこで集まったエネルギーを淫魔達に吸わせる。その見返りに、淫魔は俺にかけた呪いを一定期間解除する、といった内容だった。なるほど、完全に呪いを解くというわけではないあたりが、部分的に願いを叶えてくれたということ意味している。なんというかやり方がブラックな気がなくもなくて罪悪感を覚えないわけでもない。まぁ精魂尽きるまでドレインさせるわけではないし、多少の苦労はすまないがご愛敬か……いや、今回はなりゆきでキジトラ猫さんに任せていたから、それを止める余地がなくて結果的に誰かを少なからず犠牲にするような形になってしまっただけで、こういうことはないそもそも方が良いだろう。たとえ知らない人でも、俺を活かすためだけの踏み台みたいになるというのは淫魔とやっていることが同じで、それと一緒なことをするのは、単純に気分が悪い。あいつらは自分の私利私欲のために精気や経験値を吸って私腹を肥やしている。俺も私利私欲で一角の存在でいることを求めているが、俺はあいつらと違って自分と受け手が楽しめるようにする、というスタンスがある。個人の利益だけが先行するだけでは真の豪遊とは言えない。
それにしても魔術の素養に目覚めたばかり以外は何の変哲のない一匹の母猫が淫魔界隈に対してコミットできたことに、驚いた。いったいどんな手があったのか。謎だ。呪いを完全に解くことできなかったとはいえ良くやってくれたといえる。
ともあれ、チャンスを得た。人生を一新するような、今までの不遇を塗り替えるようなチャンスを。
俺はこのチャンスを使って、魔術網界で一角の存在になることで、俺の下半身にぶら下がったジョーを清廉潔白なレベルで豪遊させて気持ちよくさせて喜ばせたり普通に富名声力を得るたためにフルコミットを行った。
◇◆◇
「数百円と数百回覧と数十フォローだった……」
「上出来じゃないですか?」
これは何か?
3ヵ月間の魔術網界隈に対する俺のフルコミットの成果だった。
魔子書籍サービスのダイヤトルで刊行したラノベの合計収益。”ラノベ作家になれい!”へ複数作品投稿した時の合計回覧数。ゾックスとツヒッチの新規フォロワー。
例によって、夜中に俺はキジトラ猫さんと会話をしていた。呪いが再施行してからの報告会。今回のお供はパック寿司。ネタをキジトラ猫さんにあげてシャリを俺が食べている。猫に酢が入ったものをあげるのはなんだか彼女の体に悪そうな気がしないでもないが、まぁそこらへんは魔術の素養に覚醒していてその抵抗力が上手い具合に働いていて、なんか大丈夫だろう。
「こんなじゃ、魔術網界で一角の存在になって、俺の下半身にぶら下がったジョーを清廉潔白なレベルで豪遊させて気持ちよくさせて喜ばせたり、普通に富名声力を得ることができないよ」
「その一角のなんとかってなんなんですか? 清廉潔白がどうとか。意味が分かりかねますね……」
「俺はさ。後ろめたい思いとか憂いを感じる環境で成功したいとは思っていないんだよ。自分に何かアラがあったりダメなところがあったところで成功しても嬉しくはないし成功したとは思えないんだよ。生きるからには一番が良い」
「はぁ」
「それでその状態を肯定的に表す言葉を探したら清廉潔白という言葉を見つけたんだ。だからとりあえずその言葉を使っている。ほら。後ろめい感情を覚えたくないとか、憂いを感じずに成功したい、みたいな表現だと消極的というか否定的なイメージがしないか? それが嫌だから。意味が矛盾というか通らないような感じがあるけど、その表現にしているんだ」
「なるほど。いわゆる完璧主義みたいないものですか。まあまあ理解しました」
沈黙。
夜はまだまだ続くが、今回のキジトラ猫さんと集会はそろそろお開きの様相がある。
「俺はそろそろ家に戻るよ。お楽しみの続きをしたいからな」
「か、下半身のですか?」
「ああ。キジトラ猫さんも他の猫とちんちんかもかもするのはほどほどにしとけよ」
「心得ておきます」
「そこは否定してほしかった…… キジトラ猫さんって清楚なふりしてビッチだよな。おおこわ。俺は食われないために退散するぜ。それじゃあ」
「ちょっと、待ってください!」
「ああ?」
自宅の方に歩みだそうとした矢先、止められる。ビッチとか言ったことに怒って猫パンチでも食らわせに来たのかと思って身構えた。
「私のことはこれからはジトーと呼ぶようにしてください。毎回キジトラ猫さんだと煩わしいので」
「キジトラをもじってジトーか。分かったよ、ジトーさん。じゃあ。俺からも。俺はあなたと呼ぶんじゃなくて俺の名前で、エイヨと呼んでくれ」
「分かりました。エイヨさん。あと……」
肩あたりに乗られ、そのまま口の端あたりを舐められた。
「ごはんつぶ。ついてましたよ」
「舌がザラザラして気持ち悪ーい!!」
俺はジトーを振り落として一目散に家へダッシュした。
三ヵ月という短い時間に一角な存在になるためのフルコミットを行った。有意義な時間だった。呪いが再施行されて俺はお楽しみの時間だらけの親のすねかじりニートな生活に戻る。
次どのような形で呪いが緩和されるか、それがまたあるのかも分からない。不用意にジトーに頼るのもどこか危ない気がするし淫魔と同じようになるのが単純に嫌だから、その方法はあまり使いたくない。
この成果が俺の一角の存在なるという未来までにどのように繋がるのか。そこに抱く希望が今の俺の心の拠り所だ。
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