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京菓子

「長屋の連中にうちのお菓子の味がわかるもんかい」


昼間の蕎麦屋に若い女の声が聞こえた。店の中にはもちろん馴染みの長屋の連中も数多くいる。岡っ引きの清五郎は心穏やかではなかった。


こととしだいによっちゃあ 詳しく話を聞くかもしれねえが・・


当の長屋の住人たちは可愛い女の戯言など聞こえぬふりだった。清五郎は、お堅い人間がめんどくさいことを言うのは無粋ってもんかと、町一番のそばをすすった。


甘味処「あめや」の目の前、川を挟んだ正面に、京菓子「ぎおん」がある。

細かな作り細工を施した上品な高級京菓子を売る『お高い』店だ。

昼間の悪口は、その店をきりもりする娘、「お京」だった。

清五郎はそれとなく長屋の連中に娘について聞き回った。


「あんな若いのに店をきりもりしてるんだよ。それくらいの勢いがなきゃ。」

「可愛い娘だよ!あたしの若い頃だって、いや、お京ちゃんにはかなわないね!」

「おやっさんが倒れたんだよ。あれくらいじゃなきゃつとまらない。」


長屋の連中は皆、「お京」を応援していた。


それだけに清五郎は 京菓子屋の娘の「心の内」が気になった。


「おとうちゃん。お薬かってきたよ。」

「お京。ごめんな。すぐ良くなるからな。」

「今はゆっくり休んでね。私のお菓子はお父ちゃんをとっくに超えてるよ!」

「えええ!?たのもしいねえ!ふふふ!」

「あはははは!!」


京菓子屋の奥で笑い声が響いた。

そんな京菓子「ぎおん」にも困り事があった。太客の大半が仕事の場所を隣町に変えてしまったのである。売上ははっきりと落ちた。それは、お菓子の出来のせいではなかっただけに、お京はとても悔しかった。


「このまんまでは年を越せねえって噂まであるんでさあ親分。」

清五郎の子分、甚八は川のこっち側の甘味処「あめや」にいた。

清五郎は元商人の子分の情報をうんうんと頷きながら聞いた。

「どうにかしてやりてえがなあ・・。俺も甘党だ。放って置けねえ!」

「さすが親分さんだね!甘酒おかわりどうぞ!」

「あいよ!さすが看板娘のおはつだ。頼む前から持ってきてくれたよ!」

「あはははは!」


数日後。蕎麦屋では船頭の親父たちが声高らかに喋っていた。

「京菓子を食うと夜に船の先っちょがよく見えるんだよ。」

「あんと・・あんとなんとかいう南蛮の言葉らしいよ!」

「可愛らしい作り菓子だけど、上品なだけじゃなくて力が出るんだよ。」

「刀を打つときに正確に打てるんだよ。さすが京のお菓子だねえ!」


へええええええええ!!


「『あめや』もうまいけど、『ぎおん』の可愛いお菓子は娘のお気に入りよ。」

「うちの甘酒も美味しいけど、『ぎおん』のお菓子はお嬢さんたちに人気だよ!」

「『ぎおん』の繊細なお菓子はあたしたち『甘味処』の憧れで、お手本なんだよ。」

「いつも内緒で買って勉強するんだけど、おいしいから食べちゃうんだよ。」


へええええええええ!!!!


「ちょ!ちょっと川向こうまでいってくらあ!」

「俺も可愛い『看板娘』に挨拶してくるか!」

「おっと、手ぶらで帰ってきちゃあいけないよ?」

「あたりきしゃりきよ。『ここからここまで全部ちょうだいな』ってなもんよ!」

「むすめは『上品』な若い娘だからな?くれぐれも礼儀正しく頼むぜ?」

「かみさんに頼んで新しい着物出してもらうか!」

「たまには娘と母ちゃんに上品なお土産を買ってみるかな。」

「朝に買って食べると、力が出るってもんよ。内緒だぜ?」


へえええええええええ!!!!!!


蕎麦屋の中は働き手の親父たちの感嘆の声で大盛り上がりだった。


それから数日、朝になると「ぎおん」の前には働き手の男たちが列を連ねた。

男たちは皆、礼儀正しく、列に並んで姿勢を正し、娘に頭を下げた。

会計の時も『釣り銭』が出ないように気を配った。みな、手に手に美味しそうな、可愛らしい「京菓子」をもって、力仕事に向かった。夕方になると、男たちは上品なお菓子を土産に、家族のもとへ笑顔で帰っていった。


ここらはみんな、貧しいながらも現場で汗を流す「力仕事」の男が多かった。

甘いお菓子は男たちの力となって、一日の仕事を充実したものにした。


『ぎおん』の京菓子は街の男たちを力強く支えた。


ある日、長屋の端に、岡っ引きの清五郎の姿があった。

「おまえさんたち。さては何か仕込みやがったな?」

「さてねえ。俺たちゃなんにも知らねえ。ただ、『京菓子』が好きなだけよ。」

長屋の連中はシラを切り抜いた。

「やれやれ、悪口言われて腹を立てるどころか、なかなかやるじゃねえか!」

「ふふふ。船頭も鍛冶屋も甘味処のおはつも。『なあんにも』しらねえよ。」

「こいつは一本取られたぜ!はははは!!」

「さて、俺は刀を仕上げるぜ。じゃあ親分さんまた!」

「親分さんも慌てん坊だね!あはははは!!またお店に寄ってね!」


川向こうの『ぎおん』の菓子は連日売り切れた。目当ての菓子がなくても、男たちは「また来ます。」と静かに頭を下げ、翌日、また来てくれた。腕っぷしの強そうな男たちが礼儀正しく可愛らしいお菓子を買う姿は、お京を笑顔にさせた。突然の大盛況に大層驚いたが、心の底から安心した。


これで年が越せる。


「お京や。父ちゃんもう店に立てるよ。ありがとうな。」

「まだゆっくりしておくれよ、何かあったら心配だもん。」

「安心しな。父ちゃんはあと百年は菓子を作るつもりだからさ!」

「本当?安心した!」

「いつか、『あめや』に負けない美味しいお菓子を作るのが夢なんだよ。」

「えええええ!?じゃあ後二百年は修行が必要だよ!もちろん親子でね!」

「それもそうだな!あはははは!!」

「あはははは!!」


「あめや」と「ぎおん」は川を挟んで、互いにその名を称え合った。


おわり



























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