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大江戸のど自慢大会

「あれは『にんげんさまのこえ』じゃあなかったんだよ・・・」


夜も遅い屋台、岡っ引きの清五郎は、奥に座る老人の声に耳をそばだてた。

この辺り一体を取り締まる清五郎には、「夜の屋台」は情報収集の穴場だ。

夜廻を一通り終えた後、清五郎は『怪しい語りごと』を静かに聞いた。


ことの顚末はこうだ。話し始めた老人、「笛吹の治兵衛」は、今から20年前

故郷の境内で行われた「縁日」の出し物、歌自慢大会で笛を吹く予定だった。

近所の歌自慢がおおかた歌い終えた後

「黄色い着物に赤いかんざし」の若い娘が登場した。

緊張した若い娘は、流行りの歌を元気いっぱいに歌い始めた。その時


「娘の声を聞いた人間は全員、文字通り『凍りついた』んだよ・・・」


手拍子を打とうとした、目の前の人間全員だ。

口を大きく開けたまま目を大きく開き硬直した。

娘の後ろで演奏を始めた拍子太鼓、三味線、笛吹の全員も

「わずかに」演奏が止まった程だったらしい。


太鼓のバチを持つ手はガタガタ震え 三味線はずっしりと重く 

笛はカタカタと音をたてた。


「絶対に間違えちゃあいけねえ・・」


全員がそう感じていたそうだ。

演奏する全員が『お師匠様の前で試される』みてえに脂汗をかいていたんだと。


治兵衛老人はお師匠様に支えていた時期に、一度だけ釘を刺されたことがあった。

「いいかい、江戸には八百万の神々の末裔が『三人』いる。一人は江戸の火事を神通力で納め、一人は街に現れた鬼の一群を退けて姿を消した。もう一人は、歌と舞でこの世の疫病を退けると言われているんだよ。」


「もし『その一人』のお供ができる時は」


ぜったいにまちがっちゃあいけねえ


目の前で元気いっぱいに歌う着物の娘は、間違いなく『その一人』だった。

治兵衛老人は横目でそっと娘を見たんだと。

目が合った娘は、恥ずかしそうに下を向き、涼しげな美しい目でこちらを見ると


「誰にも言うことは許さぬ」


そう声が聞こえた。治兵衛老人は演奏し続けた。縁日の人間たちは皆、固まっている。娘を照らす松明の炎は火柱をあげ、桜の木はつぼみを一斉に咲かせ、花びらを舞わせた。夜空には流れ星がながれ、境内のそばの川の向こうには見たこともないような大輪の花火がいくつも打ち上がり、夜だというのにウグイスが美しい声を披露し、近隣の犬が元気よく遠吠えを響かせた。


歌い終えると、娘は恥ずかしそうに顔を隠して祭りの喧騒の中に駆けて行ったらしい。


その後の縁日はとんでも無い大騒ぎになったとのことだ。

「あの娘はだれだい!?」

「だれそれのむすめじゃなかったかい!」

「こいつはすごいものをみちまったぜ!」

歌の後は騒然としたそうだ。祭りに参加した人が見たものは『歌』ではなかった。


祝詞(のりと)だったんだよ」


元来、むかしっから歌ってえのは祝いの席で披露して、「どれほどめでたいことだろう」と伝えるものだ。今でいうところの祝詞だね。娘の歌う歌声は、集まった貧しい人々の心を鼓舞し、元気にした。縁日は朝まで盛り上がった。屋台は料理を改めて用意し、街の役人まで酒を大量に運んで、朝まで振る舞った。町一番の歌のお師匠さんも「こいつは敵わないよ!!」と、その歌声を讃えたんだと。その年の縁日は長年語り継がれ、年配の方は今も覚えているって話だ。



肌寒くも陽気の暖かな冬の午前。

甘味処「あめや」の看板娘おはつは、岡っ引き清五郎の話を「へえー!」と感心しながら聞いた。


甘酒とおしるこの乗った盆を持ったおはつは

「親分!江戸は広いから、不思議な人もいるんだよ。」と明るく応えた。

清五郎は大好物のおしるこを食べながら

「おはつは縁日の歌自慢大会に出ないのかい?」と聞くと、

黄色い着物に赤いかんざしを刺したおはつは

「久しく歌ってないからね、人前で披露するなんてはずかしいよ!」と笑った。


「寺子屋に通ってた頃は、歌の稽古もあったんだろ?そんなに前なのか?」

「前回が『竜宮城』かな。その前は『天岩戸』の前で天照大神を呼ぶ時だよ。」

「そいつは随分むかしじゃねえか!そりゃ俺も知らねえはずよ!はははは!」

「あれ?ここは笑うところじゃないよ親分さん!あはははは!」

11月の江戸の街に明るい笑い声が響いた。


御奉行所へ向かう清五郎の背中を見送ると、お初は、通りの向こうからこちらに向かって深々と礼をする老人を見つけた。


「まったく!『誰にも言うことは許さぬ』って念を押したのに。治兵衛じいさんは忘れん坊だね!」


店の前の川面に、冬の風が爽やかに駆け抜けていった。江戸の街に年の瀬が迫っていた。


終わり








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