女将
「あめや」の通りから一刻ほど歩いた深夜の街に 男の姿があった。
病気の娘の薬代を払えない男は 真っ暗な夜道を 彷徨うように歩く。
内職の妻と娘の三人暮らし。 裕福ではないが 慎ましく暮らしていた。
秋の終わり頃から 『流行病』にかかった娘は、床から起き上がれなくなっていた。
「おしず・・ごめんな。ごめんな・・・。」
男は だれもいない堀に向かって 誰にも見られることなく歩き続けた。
棒手振りの商売も そのひぐらしに近い。
娘の容態も、明日の暮らしも 光は見えなかった。
男は懐から『変わった文字』の刻まれた石を取り出した。
誰にも相談なんかできねえ 独り言くらいしかでてきやしねえ・・
男は 右手に持った石をじっと見つめ 悩みを正直に打ち明けた。
「どうにかしてえんだ!俺のことはいい!娘と!カミさんにはどうか!」
男は膝を折って凍った地面に手をつくと 声をあげて子供のように泣いた。
もう! 年も越せないかもしれない!あした食うもんだって!!
「たすけてくれ!」
ジャジャアアアアアアアアン!!!!!
真夜中にそぐわない高らかな楽器の音が響き 男は尻餅をついた。
聞いたこともない楽器の演奏は数を増し 美しい旋律と拍子が鳴る。
パラッパ〜!パパパパ〜!!ドドンドンドン!
チャラララーッチャッチャラー!
「YES!またせたねえ!」
金色の砂粒が舞い、紫色に輝く煙が吹き上がり
大演奏の中から 見覚えのある『老婆』は姿を現した。
「ちょっと派手にしすぎたねえ。太鼓の音はやめよう。」
口を開けたままの男の前で 老婆はホッとしたようにつぶやいた。
「『屋内で使用しないこと』っていうのを忘れてたよ。
長屋の中で使われたら、大騒ぎになるところだった。あっぶねえ。
ちょっと煙と金色のつぶつぶも控えるか!」
老婆は男の姿を見つけると笑って言った。
「『そんなふう』になる前に呼ぶんだよ!!おせえって!!」
老婆は堀のそばに座って男の話を聞いた。
大筋は理解した。
施しをするのは簡単だ。あっちの金貨ならいくらでも出せる。だが
それじゃあおもしろくねえ
男の家族はこれから自分たちの力で暮らしていくんだ。
そのちょっとしたきっかけだけ用意してやりたい!
とりあえず、娘の「おしずちゃん」の薬と、『薬の代金』だな。
これは多めに持たせよう。
それと、年を越せるだけの金貨、これも多めに渡しとけ・・。
あとは・・商売かあ・・・。商いは難しいんだよねえ。
『道具屋』だってお客様あっての商いだもんなあ。
とりあえず『石』渡しとくか。なんかあったらまた呼んでもらおうっと。
『屋内で使用しないこと』ってちゃんと言っとかないとな!
そうだ。『金貸し』にも返しといてやるか。残ってるとめんどくせえし。
食べ物か・・・。こっちの『好み』ってイマイチ知らないんだよ・・。
この間の『飴』だって、緑とか紫とか珍しがってたもんな。
「あめや」のあたりで いろいろ見てみるか。
寒いし、着るもんも用意しとこう・・・。絶対いるよな。
病人だしな・・いい布団もいるな。家族分な。
奥さんも内職で大変だしな・・正月くらいゆっくりしてもらおう。
ちょっとだけ多めに金貨渡しとけ!めんどくせえ!ちょっとだけな!
『おしずちゃん』に高級お菓子も届けるか。正月らしくていいよな。
・・・こんなところかな。あとは自分で頑張ってもらおう。
なんかあったら『石』もあるしな!
「おい。元気だしな。この間あんころもちあげただろ?元気出せよ。」
男は再会に喜びながら 涙を拭いた。
「長屋まで送っていってあげるよ。明日色々届けるから待ってな。」
そういうと、二人は紫色の煙と金色の砂粒の中に消えた。
堀のそばは漆黒の闇が訪れた。
長屋の戸口に到着すると、老婆は男の手に、石と数枚の大きな金貨を握らせた。
「拾ったもんだ。あげるよ。『石』の使い方は大丈夫だね?外で使うんだよ!」
男は礼を言いながら、大事そうに受け取った。
「これは『おしずちゃん』の薬だ。白湯に混ぜてちょっとずつ飲ませるんだよ。」
「明日の朝まで大人しくさせてな。すぐに良くなるから。奥様にも優しくな。」
「あした、『ちょっと多めに』色々届くけど受け取っておくれ。」
「長屋のみんなが困ってたら、『石』で教えておくれ。すぐに来るから。」
「よし。じゃあ寒いから、もう入んな。商いも慌てず頑張るんだよ!」
老婆は男を部屋に入らせ、戸口を閉めさせると 静かに姿を消した。
翌る日 街の高利貸し・薬屋・味噌問屋・米問屋・呉服屋・布団屋に
『美しい着物を着た裕福そうな女将』が現れた。
女将は「ここからここまで全部くださいな」と言い
大八車に載せさせ、男の長屋まで運ばせた。
女将は、京菓子「ぎおん」にも現れた。
「ほお・・めずらしいお客様ですなあ。」
看板娘の『お京』は女将の気配に勘付いた。
「病気の子供の見舞いに『一流の菓子』を届けたいと思いまして。」
女将とお京は二人で菓子を選んだ。
お京は『あめや』も勧めてみた。
女将は、子供の好む 可愛らしくて食べやすそうな『京菓子』を選んだという。
お京は女将と『あめや』に行くことにした。
「あれ!?お祭り以来だね!」
「!!おはつさんにはバレっちまうか、まいったねえ!ウフフ!」
女将は笑って事情を話した。
「お京さんと二人で選んであげるよ。大人が食べれるのも一緒に入れとこう!」
「看板娘二人に選んでもらえるなんて!ありがとうございます。」
女将は深々と頭を下げると 紫色の煙と金色の粒の中に姿を消した。
「ほう・・・これはこれは・・。おはつさんは謎が多いですね!ウフフ!」
「いやあ〜!お京さんほどでも!ウフフ!」
昼になると 長屋の前に大八車が並んだ。店の旦那たちは口々に
「名のあるお店の女将さんからご注文をいただき、お届けにあがりました。」
そういった。女将は名を伏せたという。
甘味処の看板娘二人も「店の自慢の菓子」を届けてくれた。
鮮やかな黄色と若草色の着物を見て、おしずちゃんは声をあげて喜んだ。
「おしずちゃん」はすっかり良くなっていた。
長屋のみんなに何かあったら、俺がすぐに伝えるんだ
男はそう心に誓い、冬の晴れ空を仰いだ。
ありがとう。ブラック・ジョーカーさん。どんなに礼を言っても足りねえ!!
仕事も頑張ろう。家族と元気に暮らそう。よかった。本当によかった。
とある谷の奥
「おい。ブラックジョーカーよ・・。その派手な着物はなんだ?」
「これかい?ちょっとわかづくりしてみたのさ。似合うかい?」
「違和感がすごいから元の姿に戻るのだ。それより新しい杖を頼みたいのだが。」
「まかせておくれ。そのかわり、値段は高いよ!」
「かまわん。頼りにしている。」
老婆は空を見上げた。
谷に大きな影を落とす、竜の家族を眺めた。子供の竜は元気に炎を出して見せた。
『ブラック・ジョーカー』は おしずちゃんの元気な姿を願った。
おわり