秤
大きな木の気配が ザワザワと音を立てる深夜の境内。
鳥居の奥に 一心不乱に祈る子供の姿があった。
「父ちゃんと母ちゃんを!早く治してください!!」
指が凍りつく寒さの中、小さな女の子はトボトボと神社を去ろうとした。
そのとき
「あんた こんな時間に何をしてるんだい」
暗闇の中から老婆の声がした。
子供はびくりと驚き その場に立ち尽くし泣きそうな顔になった。
「いや、おどろかせたねえ・・・。お祭りに出す出店の下見なんだよ。」
老婆は驚かせないように、静かに声をかけながら 暗闇から姿を現した。
見たこともない漆黒の着物に黒い布を被り
大きな杖を持っている。顔はよく見えないが
『わしのくちばし』のように曲がった高い鼻をしていた。
「おばあさん、だれ?」
「わたしかい?わたしの名前はブラック・・げふんげふん!近所の佃煮売りだよ。」
老婆は泣きそうな子供の肩に暖かくて柔らかい布をかけてやり、話を聞いた。
「父ちゃんと母ちゃんが 具合が悪くなって、お仕事ができなくなっちゃった。」
「おまえさんいくつだい?」
「七つ」
「!?こんな時間に神社に来たらあぶねえよ!送ってやるから案内しな。」
老婆は子供に寄り添うように 深夜の道をゆっくり歩いた。
子供は名を「おつゆ」と言った。
両親は秋の終わりから熱が続き 寝込むようになったという。
老婆は「なるほど」とうなづいた。
「わたしが薬を持ってるから安心おし。」
「ほんと!?」
「まかせな。こっちの病気くらい、すぐに治してやるからね。」
おつゆの住む長屋に着くと、老婆はおつゆの両親を検診し、
秤・小皿・すり鉢・丸薬・薬草・かわいい湯呑み・匙に、
飲みやすくするための水飴を おつゆの前に出してみせた。
「うわあ!すごい!」
「だろ?あとはこれを混ぜ合わせてっと・・」
手際よく薬を作り、可愛らしい湯呑みに入れると、
空中から「火傷しない程度のお湯」を出し、キラキラとそそいでみせた。
匙でゆっくり混ぜ そっと置いた。
「いいかおり!美味しそう!」
「私の国じゃ昔っからある薬でね。少し甘いけど、味も自慢よ。」
どうぞ、少し熱いといけないので、慌てずお飲みくださいまし
老婆に丁寧に声をかけられ、おつゆの両親は薬を飲んだ。
「おおお・・これは温まる。だいぶ気分が良くなりました。」
「美味しい!元気が出ます。」
二人の姿を見ておつゆは嬉しそうに笑い 泣き出した。
「おつゆ。ごめんね。心配かけたね。」
「お医者さんを連れてきてくれたの!?えらいねえ!」
「明日の朝くらいまで 安静にお過ごしください
薬を少し置いていきますので 具合が悪い時はお飲みください」
起きあがろうとするおつゆの両親を手で制し、老婆は長家を出た。
「おばあさん、お祭りに来るの?」
「もちろんさ!不思議なお菓子を売るんだよ。食べに来てね。」
老婆は『自分の国で拾ったもの』だといい、おつゆの手に大きな金貨を握らせた。
「わたしは使わないから、おつゆちゃんにあげるよ。お父様とお母様にあげてね。」
寒いから早くお家に入ってね。そう言っておつゆを家に返すと
老婆は紫色の煙と金色の砂粒の中に消えた。
『摩訶不思議奇譚飴』
不思議な看板が縁日に立っていた。
紫色や緑色、紅色の飴や菓子が並んでいる。
「子供とお子様連れのお父様、お母様はお代はいらないよ。」
「なになに?ひとりもんはだめかって?男前と美人は無料さ!」
「おやおや!ここは美男美女しかいないじゃないか。好きなのを選んでね!」
「『ご年配の方』もお代はいらないよ!なになに『おまえがいうな』って!?」
「温かい飲み物も飲んでいってね。熱いから気をつけるんだよ!」
老婆は笑顔で飴を渡しながら幸せそうな家族を見送った。
もちろん「ひとりもん」にも同じように。
「ひとつくださいな」
老婆の前に黄色い着物に赤いかんざしをつけた『若い女』が立っていた。
「!?おやおや!『あめや』のおはつさんじゃないかい!」
「へへへ!ひさしぶりだね!」
「今日は縁日だ。おとなしくしてるよ。」
「ふふふ!!」
老婆は後ろ頭に手をやって、『やれやれ!まいったねえ!』と笑った。
『摩訶不思議奇譚飴』の菓子は、町の人が食べたことのない不思議な味だった。
おわり