大八車
おやおや、ずいぶんと思い詰めた顔をしてるじゃないか。
いえねえ・・そこを通りがかったら あんたの沈んだ顔が目にはいったもんだから
ちょっと隣に座ったってことだよ。
わたしかい?わたしは遠くから来たただの年寄りさ・・・。
変わった顔をしてるって?おやおや!おまえさんだってどっこいどっこいよ。
なんで黒い布をかぶってるかって?まあそりゃ、そういう仕事だからさ・・。
これかい?これは自慢の杖でね。ものを動かしたり燃やしたりできるのさ。
ええ?まあ、そりゃあそうだろうさ。こっちの世界じゃあ
そんな理屈は通じないだろうね。
わたしの見立てによると あんたそうとう「悩んでる」みたいじゃないか。
この水晶玉がそういってるのさ・・・。ええ?なにもみえない?
修行が必要なんだよ。ドラゴンの谷の・・・まあいいか。
悩みは 仕事かい。人間関係かい。まあ どっちかだろうさ。
私があんたに『呪文』を教えてやるよ・・・・。
信じられない?信じるかどうかは あんた次第さ。
ただ
この呪文は確実に効く
聞いてみる気になったかい?じゃあよく聞くんだよ。
呪文は二つある。
『いや、まてよ?』
『二割で上等』
この二つだよ。九割でも十割でもない。『二割』ってところが肝心だ。
物事を解決したいと思うだろう?そんな時は完全に解決した姿を想像する。
だが、たいがいのことは「完全」になんて解決しないんだよ。
五割か。良くて六割か・・・。
頑張って、身をすり減らしても その程度さ・・。
大体のやつはそれで 「解決すること」自体を諦める。
もったいないねえ・・・。そりゃあ 高望みだよ・・。
そこでだ
困り事が起きたら 本当に手詰まりか考えるんだ。
『いやまてよ?』ってね。
喧嘩が多いなら、ゆっくり話を聞く。
遅れがちなら、長屋を少し早く出る。
仕事を間違えるなら、手順をすこしだけ思い出す。
「すこしだけ」違うことをやってみるんだ。
すこしだけだよ?
それが肝心さ。
それだけで 『二割、三割』よくなる。簡単だろ?
二割じゃ困るって?何もしなけりゃ何にも変わらない。
ちょっと違うことをするだけさ・・・簡単なことだろう・・ひひひ
毎度毎度、『二割、三割』よくする癖をつけるのさ。
そうすりゃ それがきっかけで、物事がいい感じに滑り出す。
大八車だってそうだろ?
重い荷物も、ちょっと動いてればそんなに力もいらないもんさ。
だろ?おや?おまえさん、ちょっといい顔になってきたねえ。
お礼?そんなもんはいらないよ!この街にちょっと用があってきただけさ。
いやねえ、「探し物」があったんだよ・・・。
おまえさん
「青白く光る異国の妖刀」をしらないかい?
そうかい、いいんだよ。珍しい刀だからね。
そんなものをどうするかって?いやねえ、あれは高く売れるんだ。
この街にあるってちょっと聞いたのさ。
じゃましたねえ。呪文は二つ。忘れちゃダメだよ?
私の名前?年寄りの名前なんて、聞いても仕方ないさ。
そうさねえ。ここじゃない街ではブラック・ジョーカーって呼ばれてるよ。
杖とか壺とか、よく効く薬を売ってる道具屋さ。
いやいや、「まっとうな商売」だよ。
お客さんには申し訳ないが、まあまあ値段も高い。質がいいからね。
これはあんたにあげるよ。もしどうにも困ったら
この石に正直に悩みを打ち明けな
この年寄りが少しだけ力を貸してあげられるかもしれない。
どうしてそんなに親切かって?そりゃ、若いもんには未来があるからね。
わたしにも息子がいたんだよ。ずいぶん昔だけど。
「親孝行するから待ってておくれ」と言ったっきり、戻ってこないんだ。
おやおや、わたしの話をしてもしょうがないね。
じゃあもう行くとするかね。
これは近くの甘味処で買ってきたあんころもちだよ。
あんたにあげるから、これ食べて元気だしな。
じゃあ気をつけて帰るんだよ。
おわり