橋
男は川面をのぞいた。
寡黙 笑顔 謙虚
それが信念だ。
黙っていても失礼のないように、笑顔も絶やさず。
腰は低く。
自分はモノを知らないのだ、そう思うようにした。
自分は決定的な何かが欠けている
他の皆ができることが自分はできない
幼子でさえ 自分にできないことができている
毎日朝晩そう思った。
昼間の川沿いは明るかった。
橋は広く、人の往来も多かった。
皆笑顔で、子どもの着物が眩しかった。
二親の身なりもいい。幸せそうに見えた。
どこでまちがったのだろう
ため息をついてはいけない。迷惑をかけてはいけない。
皆、自分以上に大変なのだ。
ただただ黙って 失礼のない様に
歳の変わらない男が隣に立っていた。
知らない男だったが、声をかけてくれた。内容は覚えられない。
自分と同じ 何もない川面を眺め、親身に話しかけてくれた。
失礼のない様に、そちらを向き 俯きながらも小さくうなづいた。
ただただ 失礼があってはいけない そう思い 薄い笑顔で頭を下げた。
男は去り際にこちらに振り向きながら言った。
「こんな仕事をしてるといろんな人間に会うんだよ。」
「お前さんみたいな顔のやつと何度もお別れしてきたんだ。気になってな。 」
「ごめんよ、じゃましたね。」
帯に十手を刺した男は 優しい笑顔で「あめや」のある通りへ行ってしまった。
明日また考えよう
男はそう思った。
明日、もしかしたら「今とは違う気持ち」になってるかも。
「おまえそりゃあ図々しいよ!」
そう笑われるくらい、明るい未来を想像しているかもしれない。
明日にならないとわからない。
他人様に迷惑をかけるような生き方だけはできねえ
地面を睨みつけながら、しかし姿勢は正しく、人にぶつからぬ様、歩き出した。
おわり