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第20話 共同作業


 早朝の自転車通勤。いつの間にか吐く息が白い。手袋無しではハンドルを握る手が凍えるので、今朝から愛用のをはめることにした。


 事件後、また会社を休む羽目になって、水曜日にようやく出社できた。

 会社に行けば、多少の好奇の目は避けられないだろう。20年ぶりに解決に至った殺人事件、被害者は僕の姉だ。

 ただ、思ったほど大きな取り上げ方はされなかった。犯人が叔父であったことは公表されたが、事件当時、叔父は未成年だった。それが考慮されたのか、中途半端な報じられ方だったのは否めない。


 ま、こちらとしては、そんなに大々的にされても困るけどね。いつだって、被害者側ばかりがクローズアップされる。両親は、犯人が身内であったこともあり、取材は一切受け付けないスタンスを取った。もちろん僕も。




「綾瀬っ。なんや大変だったな」


 溜まった仕事を粛々と片づけていたら、いつも通りの時間に出社した三笠が声を顰めて僕に駆け寄ってきた。想定内だ。


「おはよ。ああ、かなり大変だったよ」

「そうかあ……。まあ、単純な話やないけど、区切りはついたよな」

「僕もそう思ってる。あ、休んでる間、色々ありがとうな」


 僕はモニター画面から顔を上げ、三笠の目を見て礼を言った。


「お安い御用や。綾瀬のためなら……あの天宮医師にだって負けん」

「なに張り合ってんだよ。でもそれはお生憎さまだな。今回も先生に助けられたからなあ」

「なにっ! 警察が逮捕したんと違うんか」


 なんでこんなことに色めき立つのか、こいつは。


「実際に頑張ったのは僕だけどね」


 これは大部分正しいと僕は思ってる。けど、先生は僕が嘘を吐いたこと、初めから知ってたんだ。実家に向かう車の中、叔父からメールが届いたことに気付いていた。



『念のためにお母さんにも尋ねた。そしたら、メールなんてしてないってさ』


 なるほど……盲点だった。先生は僕が酒を勧めだしたので、間違いないと思ったらしい。で、どこかの時点で、酒はノンアルコールに代わってたと。なんだよ、もう……。


 先生が小型ボイスレコーダーを僕のコートに忍ばせたのは、こちらも念のためだった。


「ああいう時はね、一つの録音機器、今回の場合は光のスマホだけど、それを破壊したら安心しちゃうもんなんだよ。もう一つ別のものがあるなんて、思いもしない」


 はあ、そうですか。診察で時々ボイスレコーダーを使用する先生だからこそ、身近なアイテムだったんだろうなあ。


 先生は夜中に出て行った僕の後を付けた。ところが、ここでアクシデント。この辺りに土地勘のない先生は僕を見失ってしまったんだ。


「あれは焦ったよ。人生最大のピンチだった。頼みのGPSも、突然切れたしね」


 叔父がスマホをぶっ壊したんだ。酷いことするよ、たく。で、あの辺りをうろうろしてた時に、ビジホから出て行く叔父の車を発見した。

 先生は亮市叔父の車を前回の帰省で知ってたから助かった。そしてすぐ、僕からのメールを受け取る。


「亮市氏も、まさか君が睡眠薬が効きにくい体質なんて知らなかっただろうからなあ」


 結局先生は、僕が山の中に連れていかれるところもずっと後を付けて見てた。

 そして僕と同様、亮市叔父が穴を掘りだしたのを見て、改めて警察や両親に連絡をしたんだ。警察にはビジネスホテルから僕のコートを持ってくるように指示した。


「そうか、やっぱり僕が叔父の背中越しに見た小さな光は、先生のだったんだね」

「あ、気付いてた? あのシャベルが飛んだ時は、さすがに絶体絶命かと思って飛び出してたんだ。けど、光の足元見て、作戦に気付いた」


 なんと先生は咄嗟の判断で、叔父の足に目掛けて木の枝を投げたんだ。それでバランスを崩した叔父はそのまま穴に落っこちた。共同作業ってわけ。


「いや、実際はよく見えなかったから、絡まったかどうかはね。とりあえず光に怪我無くてホッとしたよ」


 その後は、警察と両親が来るまで、木の陰で待機してた。僕がシャベルで叔父に土をかけるの、ずっと見てたんだよ、この人。




「へえ、共同作業ね。まあええやん。ケーキ入刀よりずっと刺激的や」


 モニターを眺めつつ、三笠が乱暴に言う。ノロケてるわけじゃないけど、聞く人によってはそう聞こえるのか。


 ――――いや、純粋にこれはノロケだ。へへ。


「じゃあ、天宮氏とはその後も順調ってわけやなあ」

「ふふ。とっても順調」


 ケッと三笠が変な音を出して、不服を申し立てた。でも、そんなことに構ってやる必要は僕にはない。






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