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第19話 ありがとう


 結局、満を持して行われるはずだった美花の20回忌は当然中止になった。いや、満を持しては嘘だな。こうなることは、予想の一つだったから。

 母の実家にマスコミが押しかけたりしないか心配したけれど、もう代は変わっていて、叔父も住んでいない。カメラや記者が田舎町に列をなすようなことはなかったそうだ。

 僕がチラ見したテレビでも、映っていたのは叔父が一人で住んでいたアパートと、勤務していた小学校。当然だが、盗撮の件も報じられていた。


 母さんの兄(つまり亮市叔父の兄でもある)、本家を継いだ伯父さんは、父さんに長い電話をして謝罪していた。

 何度もついて出た言葉は、『まさかこんなことが起こっていたとは』困惑は隠せなかったようだ。


 父さんにだって寝耳に水のことだ。命よりも大事に思っていた娘になにがあったのか、あの現場で泥にまみれた叔父を見るまでは、半信半疑だったんだから。




 亮市叔父が乗せられたパトカーを見送ったすぐあと、僕と天宮先生はやってきた救急車に乗せられ病院に連れていかれた。

 異常はないと言っても通用しない。まあ、警察としてはそのまま事情聴取できるから都合がよかったのだろう。そのまま一睡もさせてもらえず、事の次第を説明させられた。


「じゃあ、綾瀬君は後部座席で寝たふりをしてたってこと?」

「はい。睡眠薬が効かない体質で助かりました」


 などなど。先生も廊下で聴取されてたらしい。別々に聞いて辻褄合うか調べるとか、人を見たら犯罪者と思えって感じで嫌だったな。


 なんだかんだで昼前、ようやく僕らは解放された。先生と一緒に実家に戻ると、遠巻きにしてマスコミ関係者らしき人影。まあ人数はたいしたことはない。

 玄関は開けっ放しになってる。玄関口に制服のお巡りさんがいたのは有難かった。




「母さん、大丈夫?」


 キッチンに入ると、疲れ果て、擦り切れた雑巾のように、母さんがダイニングテーブルにうっぷしていた。

 ここでも色々警察に聞かれたんだろう。僕は自分がしたことを間違っているとは思わないが、母さんを苦しめることになったならそれはそれで辛い。


「光……」

「なに?」

「ありがとう」


 母さんは少しだけ顔を上げ、僕を見る。表情はいつものように優しい。


「美花があなたに、自分を殺した犯人をさっさと捕まえてってお願いしてたのよ」

「え?」

「だから、あなたを眠らせずに、起きて目を覚ませって言ってたんだと思う」


 そうだろうか。いや、そうかも。


「私たちは、ずっと過ちを後悔してたけど、もう一つの後悔はせずに済んだ。ありがとうね」


 母さんはもう一度ありがとうと言った。それが本心なのだと信じたい。僕はそうして生きていかなければならないから。


「うん」



 

 自分の部屋に戻ると、先生が僕のベッドで寝ていた。玄関から直行して瞬殺で寝てる。天宮先生も人間だったんだな。なんてね。


「んー。先に失礼してる。ご両親、大丈夫か?」

「大丈夫、だよ……ありがと。僕も寝る」


 僕は先生の横に潜り込む。暖かくて気持ちいい。先生が寝返りを打つように僕を抱きしめる。逞しい腕の中で抱かれて、僕は眠りに落ちていく。


『寝ては駄目。起きていて』


 もう誰も、そんなことを囁かないから。




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