第16話 形勢逆転
――20年前 綾瀬家の二階 美花の寝室――
「光、よく寝てるな」
「触らないで。光には手を出さないって約束でしょ」
「ふうん。わかってるよ。で、俺の相手は美花がしてくれるんだ」
白い肌、長く美しい黒髪。たとえ月明りでもその美しさは目を奪う。その形の良い顎に、若い男は手をかける。
「あんたなんか、大嫌い……」
顔をふり、細い指で男の手を払った。
「つれないなあ。小さい頃はあんなに俺の後をついてきたくせに」
「それは……あんたの本性を知らなかったから」
「美花、もっと子供らしくしろよ。なんやそういう大人びた言い方、興ざめだよ」
少女は口を噤み、男を睨みつける。
「全く。光の方がええかもなあ。もっと大きくなったら、光のほうから俺になついてくれるかも」
「やめて。そんなことなるわけない……ううん、なら、私、母さんに言いつけてやる」
「なんやと? よせよせ、信じないよ」
「お母さんのこと、好きなくせに。私、知ってるわ。あんたは……」
「やめろって言ってるだろっ」
男は思わず少女の口を塞いだ。それを振りほどかれると、慌てて首を絞める。ほんの数秒の出来事だった。少女の体がまるで人形のように力が抜けてしまった。
「よし、この辺でいいだろう。結構掘ったよな」
汗みずくになった男は、首にかけたタオルで自分の額を拭いた。
月が煌々と照る山林の中、大きなシャベルで深さ1メートルくらいの穴を掘りおえたところだ。
「さて、どうするかな。生き埋めってわけにもいかないな。柔らかい土だと出てきても困る。おお、こわ」
男は誰もいないのに、ぶつぶつと独り言を繰り返す。彼はこうみえて小心者なのだ。自分のやってることが実は恐ろしい。それをなんとか緩和しようとしているのだった。
「相変わらずよく寝てるな」
穴の近くに転がっている若い男性に話しかける。それから首に巻いていたタオルを徐に外し、転がっている男の首に巻こうとしゃがみこむ。
「そら……」
だが、その時予想外のことが起こった。男の目が、パッチリ二重の双眸が突然開いたのだ。
「えっ!?」
と、声に出す間もなく、腹に激痛が。男は若い男に思い切り蹴られ、穴の横に転がった。
「殺されてたまるかってんだ! 叔父さん、残念だったね!」
「ひ、光……おまえっ!」
月明りに照らされた若い男、自分の甥であり、殺そうとして睡眠薬を飲ませた光は、シャベルを振りかざし、形成は一挙に逆転した。




