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第14話 チャンス


 叔父はそれからしばらく、教師にしては長めの髪をかきあげたり、組んだ足を貧乏ゆすりしたり落ち着かなかった。

 珈琲カップを神経質に置き、ガラステーブルに嫌な音を響かせた。


「そんな、そんなもん、おまえの記憶違いやろ。てか、俺はおまえの家なんか行ってない。おまえの記憶が嘘やなくても、美花が出鱈目言っただけやないか」


 はんっ、と鼻で笑う。あの時と同じ言い訳。だがさすがに僕を脅かすことはできないようだ。

 大体それならそんなにびくびくすることじゃないだろう。なんでそんなに怯えてるのか。


「そうだね。そうかも」

「なんや。馬鹿々々しい。そんないい加減なこと、親族に言うなよ。優実の耳に入っても困る」

「あれ? 今、叔父さんが抱えてる厄介ごとは優実さん知らないの?」

「なんだと……」


 再び視線の種類が変わった。今度のは人が変わったような険しい表情だ。そのせいか、関西弁まで消えてしまっている。


「おまえ、それ、どういうことだ。ああっ!?」


 叔父は僕の胸元を掴まんばかりに迫って来た。僕は立ち上がり、後ずさる。


「叔父さん、あんた、自分の教え子たちになにしてきたの? 子供だと思って、どんなことしたんだよっ」

「なに言ってる。俺はなにも悪いことはしてない。親に振り向いてもらえない子供とか、成績が悪くて居場所がない子供とか、俺はずっと面倒を見てやったんだ。感謝されたとしても、その逆はないはずだっ」

「嘘だ。僕らはあんたの教え子さん達が、大人になってから苦しんでるのを知ってる。先生が心療内科医のネットワークで調べたんだ。あんたのしたことは」

「ああ、ああ。あの医者。おまえの彼氏か。なんだよ、光。俺にはずっと冷たかったくせに、あんな男と……」


 再び叔父の様子が変化する。整っているはずの顔立ちが、まるで劣等感の塊のように醜く歪む。


「俺の教え子たちはな、卒業するころはみんな俺に感謝してたよ。優しくしてもらったってな。なのに、それから5年も経たないうちに、俺を変質者扱いしやがる。知らん顔してた親まで、まるでタカリだ」


「あんたの理屈なんてどうでもいいよ。誰がどう見たってあんたは変質者……いや犯罪者だよ。あんたは美花にも同じことをしてたんだね。美花はそれを母さんにも言えなくて……」

「ふん。美花はね。本当に美しかった。俺の生徒なんか束になったって敵わない。けどねえ。あいつは、言うこと聞かなくてさ。ま、俺もまだガキだったからな」


 なんだか、舌にオイルでも塗ったみたいにべらべらと話すな。酔っぱらってるわけでもないだろうが、興奮してるのか。


「小さい頃から手名付けていたから、なにしたって大丈夫って思ったんだけどねえ。手を握るのも嫌がられてさ」


 ――――これはチャンスだ。絶対に最後まで言わせなきゃ。


 僕は無意識にジャケットの胸ポケットを触った。


「言うことを聞かなくて……どうしたのさ」

「ええ? 聞きたいか?」

「もちろん」


 僕は間髪入れず応えた。


「脅したんだよ。言うこと聞かないと、弟にもやるぞって」


 叔父は長い舌をぬるりと出し、乾いて皮が浮く唇をひとなめした。





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