表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/86

第13話 あいつが来る


 叔父の淹れる珈琲の香りが部屋に漂ってくる。ビジホでもちゃんとしたドリップコーヒーが置いてあるようだ。


『光。亮市兄ちゃんのこと、好き?』

『にいちゃ? 大好き! みーちゃんの次に好きっ』


 並べた布団の向こう側で、美花が顔を顰める。僕は自分がなにか不都合なことを言ったのかと不安になった。


『あいつ、そんないい奴じゃないよ。いい、二人きりになっちゃだめだよ。アイス買ってもらってもだよ』




『ママ、ママ、どこ?』

『どうした、光。ママはすぐ戻ってくるよ』

『にいちゃ。にいちゃがみーちゃんを連れて行ったの? どこ連れてったの? 早く返してっ』

『なに言うとんのや。そんなわけないだろ』

『だって……みーちゃんが、あいつが来るって……』

『あいつ? アホなこと言うな。俺が夜中に光や美花のとこ行くわけないやろ。それは俺じゃない。そんな出鱈目、絶対誰にも言うな。わかったなっ』


 見たこともない恐ろしい形相で、亮市兄ちゃんは僕を睨みつけた。掴まれた腕が痛い。泣くことが出来ないくらい怖かった。


『う……うん。じゃあ、ママはみーちゃんのところに行ったの?』

『いや、そうじゃない……。それより、光。あの夜、本当に寝てたんか? なんか見たんやないか?』




「ほら、珈琲。光? どうしたん、ぼんやりして」


 僕が取り戻した記憶の最新版。僕は美花が殺されたなんてわかってなかった。すぐに帰ってくると思ってた。

 母の実家で亮市叔父に会った時、美花の言葉を思い出したんだ。だから、美花が叔父と一緒にいるのではと思った。


 だが、亮市叔父は鬼の形相でそれを打ち消した。叔父が僕に詰め寄ったのは、僕が何かを見たのではと恐れたからだ。

 3歳の僕は、初めて叔父を恐ろしいと思った。あの夜のことは、誰にも言ってはならないと思ってしまった。

 叔父の脅しは効果てきめんだった。僕は美花が『あいつが来る』と言ったことを誰にも言えず、美花の記憶とともに葬ってしまった。



「あ、いや。なんでもない」


 僕は慌てて首を振る。


「それで、叔父さん、話ってなに? 美花のことでって。先生にも聞かれたくないことだから、なにか個人的なことかな」


 僕はまだ、しらを切って友好的な態度を取った。亮市叔父は僕の前で口角をあげ、ゆっくりと珈琲を飲む。


「らしくないなあ、光。おまえは小さい頃から、素直な奴やったやないか」


 残念そうに頭を横に振りながら、カチャンとカップの音をさせた。『ここの珈琲、ビジホにしてはイケるな』と一言こぼした。


 ――――そう言えば、なんだか喉が渇いた。緊張してるのか。


 僕もひとくち口に含んだ。確かに薫り高い珈琲だ。


「今でも素直だよ、叔父さん」

「じゃあ、俺の話はわかるやろ? おまえ、なにを思い出して、なにを親戚中に言うつもりや。俺に先に聞かせてくれよ」

「ええ? なんで。そんな大した話じゃないよ」


 亮市叔父は一瞬戸惑ったような表情を見せた。もしかして自ら墓穴を掘ったのかと思ったのかもしれない。


「ただ、あの事件のあった夜。美花……みーちゃんは僕に言ったんだ」


『光、まだ寝てはだめ。起きていてよ。あいつが、今夜もあいつが来るんだから』


「あいつってさ。にーちゃ、亮市兄ちゃんのことだったんだ」


 不自然に泳いでいた亮市叔父の視線が、僕の一言で、火が付いたようにカッと燃え上がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ