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第11話 美花との日々


 『にいちゃ』と僕が呼んでいたのは、美花が叔父のことをお兄ちゃんと呼んでいたからだ。僕はそれを上手に言えなくて、『にいちゃ』になっていた。

 その美花が、いつの間に『あいつ』呼ばわりするようになったのかはわからない。ただ、それは僕との間だけだったと思う。


 あの事件で、僕は美花のことを忘れた。だが、亮市叔父は存在していた。 

 引っ越しししため、年に一度会うか会わないかだったけれど、小学生になった僕は『亮市兄ちゃん』と呼ぶようになった。


 美花のあの言葉を、僕は本能的に覚えていたのだろうか。大学生、社会人となった亮市兄ちゃんのことを、僕はどこか避けていた。

 子供好きで遊んでくれるいい叔父さんだったけれど、僕は人に触られるのが苦手だ。だから、手を繋いだり抱っこしたりされると、上手に逃げ出していた。


『すぐ俺にくっついてたくせに』


 叔父は時々、親戚の集まりになるとそう言った。僕はいつも、それは嘘だと知っていた。けど、強く否定することもないと黙っていた。

 小さい頃のことは覚えてないし、多分、美花が生きていたころは、本当にくっついていたのだとも今となっては思う。


 僕が高校生になる頃には、叔父はあまり僕に寄ってこなくなっていた。それで僕はホッとして、逆に色々話すようになった。

 そうだ。彼の印象が変わった時期だ。つまり僕は、彼にとって、興味のない年齢になったんだ。


 僕が他人に、特に若い男性に寄られるのがストレスになったのは、おそらく叔父のせいだろう。美花の言葉と、事件後その叔父に詰め寄られたこと。

 それが記憶を失った後も、潜在意識に残っていたんだ。これは、先生の診断でもあるから間違いがない。


 それと、僕が不眠症に陥ったのも、やはり叔父と関係する。三笠の存在だ。あいつはなにも悪くはないのだが、彼の特徴、エセ関西弁が若い頃の叔父を思い出させた。それが、封印されていた美花の記憶を呼び起こしたんだ。


『寝てはだめ。起きていて』


 先生が推測したとおり、それは美花の、美花による言葉だった。

 幼い頃の記憶でありながら、今では鮮明に思い出せる。布団に寝ころびながら、姉は僕に言った。


『あいつ、変なのよ。変な目で私を見るの。ねえ、光、聞いてる?』


 姉はどうして、まだ言葉もままならない弟に話したんだろう。先生は、それは美花が誰にも言えなかったからだろうと言う。

 親にも言えないことが、美花の身に起こっていたのではと。でも、誰かに聞いて欲しかった。全く話がわからない弟だからこそ、美花は話したのではないかと言う。


『ヒカウ(ルがうまく言えなかった模様)が守ったげるよっ』


 当時、僕はヒーローもののアニメでも見ていたのだろう。何を言ってるのかもわからないくせに、そんな台詞を吐いていた。


 この10日で、僕は思い出せる限りのことを思い出した。僕の脳の中のどこかで眠っていた美花との日々。

 最初の記憶はあの河川敷を走っていたシーン。美花の後を追っかけていたのは、まだ3歳になっていない頃じゃないかと思う。


 クリニックペガサスで見た夢。亮市叔父が僕の手を握ったシーン、実は違った。あれは美花が手を掴まれたんだ。嫌がる様子を思い出した。それなのに僕はアイスに釣られて。


 3歳の誕生日の頃からは、思い出のシーンが増える。それからあの最後の夜まで、僕は細切れではあるけれど、多くの会話やシーンを思い出すことができた。



 ――――ん? メール来てる。


 僕の胸ポケットでスマホがプルプルと震えた。


 ――――あ……。


「どうした? 誰かから連絡か?」


 ハンドルを握る先生がこちらをチラ見しながら問う。


「母さんから催促のメールだよ。もう出てるからって返しておく」


 僕は短い文章を打ち返信する。何事もなかったように、またスマホをポケットに滑らした。




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