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第8話 見込み捜査の末路


 カタン……。テーブルを跳ね、何かが床に落ちて転がる音がした。僕ははっとして下を見る。箸が一本転がっていた。


「あ、やば」「大丈夫か?」「うん」


 急いで拾い、キッチンで洗う。その間、口にした言葉は全て無意識だ。先生の声も右から左に素通りした。


『あの地域を荒らしていた窃盗犯は既に逮捕されている』


 僕の頭の中で、リフレインしてる。箸を洗って席についてもまだ、放心状態だ。


「なんで……先生知ってるの?」


 ますはそれ。口を突いて出たのだから、まずはそれが一番気になったんだろう。先生は落ち着いた仕草でお茶を飲んでから僕の問いに応えた。


「私も実はね、三笠君の意見に賛成なんだよ」

「え……」

「それで、色々調べていた。そのかいあって、その頃担当していた警察関係の人を見つけたんだ」


 お祖父さんの訃報がなければ、先生はあの旅で地元の警察署に行くつもりだったと言った。それで、あの頃の事件を知ってる人がいないか探す予定だったと。


「そうなんだ……僕も、それは考えなかったわけじゃないけど……」


 僕の立場では、先生をそこまで煩わしていいのかという懸念があった。確かに先生から提案されたら迷わず従っただろう。

 先生は一族の色々が片付いてから、また独自で調べ始めた。なかなか現地までは行けないので、知り合いの伝手を使って電話やメールで。


「運よく千葉に住んでる人がいてね。当時は警察官で、今はもう定年されている方だ。昨夜、会ってきた」


 やっぱり……。なんとなく、そうなんじゃないかと思っていた。事件のことを調べてるんじゃないかと。

 けど、さすがに警察の人と会ってるとまでは予想以上だった。


「そ、それでなんて? なんて言ってたのその人」


 色々端折った気はするが、とにかく聞きたい、あの事件のこと。両親だって詳しいことは聞けてないんだ。

 被害者家族に教えないってどういうことだと思うけど、事実だから仕方ない。僕は思わず食卓に身を乗り出した。


「うん。その方は事件の時は四十代でね。光が住んでた地域のお巡りさんだったんだよ。彼らも捜査本部を立ち上げた県警と市警の手足となって動いたそうだ」


 今井さんというその方は、聞き取り班といって、現場周辺の聞き込みをする班に振り分けられた。

 田舎のことだ。殺人事件なんて大きな事件は滅多に起こらない。それに地元の美少女が被害者。文字通り粉骨砕身の体で取り組んでくれた。


「捜査本部の方針は、空き巣犯の凶行だったから、聞き取りも専らそっち方向で進められたそうだよ。ただ、確かに同じ市では頻発してたけど、あの住宅街ではまだ被害の報告はなかった。近所の聞き取りでも、怪しい人物や車の目撃情報は少なかった」


 これ、どこに帰着するんだろう。もう結果はわかってる。空き巣犯の犯行じゃなかったんだ。先生は何を掴んできたのか?


「H県T市で空き巣や居抜きをしていた窃盗犯が捕まったのは7年前。全く別の地域での犯行でね」


 美花の事件は、大きな手掛かりなく時間だけが過ぎていた。捜査本部は縮小され、地元警察の数人の刑事だけが兼任して担当するだけになった。

 今井さんは遠の昔に通常業務に戻っていた。それでも、まだ警察署にいた今井さんはその報に色めき立った。

 もちろんかつて本部のあった県警も、わざわざ担当刑事を派遣した。


「ところが彼は真っ向否定した。盗みはしても今まで一人も傷つけたことはないと」


 そんな話を警察が鵜呑みにするわけがない。だが、揺るぎないアリバイがあった。

 彼は同日の夜、仲間の男と酔っぱらったうえで喧嘩をした。警察で大目玉を食らっていたのだ。場所は隣の市の派出所。記録も指紋も残っていた。


「彼らは二人組の窃盗犯でね。殺人が自分たちの犯行とされたのを知って、H県から場所替えをしたそうだ」


『結局、見込み捜査の失敗が招いたんです。美花さんの犯人が未だに捕まらないのは、警察の失態ですよ』


 今井さんは唇を歪め、無念そうに言ったという。




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