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第6話 関西弁の同期


 目の前の電話が鳴った。こういう薄いグレーの固定電話。会社ですらあまり見かけなくなってしまった。僕はまだ新入社員だから、室員全員の分が取れるよう置かれている。女性一般職の方と同じ扱いだ。


「はい。デザイン開発室綾瀬です」


 村越リーダーへの電話、僕は相手と要件を聞いて電話を回した。これで、他部署との関連や他社、スポンサーさんとの関係を把握するのだと。出来ているかはわからないが……。

 最近は在宅勤務の社員も多い。正直、自分の仲間ですら関係が希薄だよ。


「綾瀬、おまえ昨日、病院行ってきたんやろ? どうだった?」


 自分の作業に没頭していると、隣席に座る、同期の三笠が尋ねてきた。有休を取ったため、仕事で負担をかけるこいつには話していたんだ。


「んー。どうだろう。まあ、なんかそこでは眠れたんだよ」


 僕は、昨日クリニックで体験したことをかいつまんで話した。


「ええっ! おまえそれ催眠術かなんかと違うか? めっちゃ怪しい奴じゃん。あれやないのか? ほら、接骨院なんかで女性が知らぬ間に襲われるっての」


 三笠は東京在住なのだが、子供時代を関西で過ごしたからか、言葉もイントネーションも関西弁風。なぜだかデジャブ感がある。


「それは、患者さんが女性の場合だろう?」


 それに、よくあるというほどそんな事件は起こってはいない。


「えー。おまえ、それは甘いよ。男性だって危ないのは同じだよ。綾瀬は普通の女性より美人やん。入社式で会った時は、それはもう二重瞼がパッチリでさ。まあ、今は若干干からびてるけど」

「はあ? 干からびてるってなんだよ」


 しかし現実に、今の僕は二重瞼も三重か四重の皺になってる。


「まあ、おまえが容姿のこと言われるの、嫌なのは重々承知やけどな。でも、自分の身は守らんといかんぞ?」


 真剣な表情で三笠が言う。僕も重々承知だよ。大学生の時、バイト先の先輩から迫られたこともあった。それでなくても、あれくらいの年齢の男性って苦手だったのに。今、自分がその年齢を越えて、ようやく感じなくなったけど。


 ――――確かに、天宮医師は丁寧で口調も優しい。しかも眠れたという事実、気分がすごくよくなったってこと、僕にとっては物凄く重要なことなんだ。


 けれど三笠が言うように、正直僕もあの先生が何かを隠しているようで怖い。あの後も……。




『待って。診察はまだ終わってないよ』


 天宮先生は、僕を再び診察室のソファーに座るように促した。僕は抗う理由も思いつかなくて、同じ場所に腰をかけ、先生の話を聞いた。


『こういうの、初めてじゃないよね。前にも何度かあったのでは?』

『ああ、言われてみれば……』


 高校生の頃だ。受験勉強の時期、同じように眠るのに苦労したことがある。ただ、眠くなければ勉強すればいいと切り替えて。なんとか乗り切って大学に合格したら、また普通に眠れるようになった。


『なるほど。やはりなにかのプレッシャーがあると症状が出るようだね』

『どうしたらいいんでしょうか』


 先生は形の良い顎を右手でこすると、また口角を上げた。


『まずは光君が眠れない原因を探らなければ。必ず、理由があるはずだ』

『はあ』


 まあそうだろう。でも、どうやって探るんだろう。


『とりあえず定期的に診させて。平日の昼間は辛いだろうから、夜間でいいよ』

『夜間? 夜も空いてるんですか?』


 そんなはずはない。診察時間を見たけど、会社帰りに寄れる時間帯は診療していない。


『興味深い症例だから、特別だよ。なんなら往診もOK』


 眼鏡グラスの向こうで、先生は片目を閉じる。これ、ウインクのつもり? 僕はなんと返していいのかわからない。ただ、あまりにも気持ちよく眠れた事実に、僕は逆らえなかった。



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