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第3話 泣くのはまだ早い


 僕はもしかしたら、本当はわかっていたのかもしれない。記憶にないとかそういうことじゃなく、ロジックとして。


『寝ては駄目。起きていて』


 それは間違いなく美花の声だったのだもの。


『わかったっ! 起きてる』


 嬉しそうに応じたのまで思い出した。けど、御多分に漏れず、3歳児の僕は敢え無く撃沈、美花の許しを得ることもなく爆睡したんだろう。




「やっぱり僕が……」

「そう思うのはやめなさい。あの夜の君は今の君じゃない。最初から美花さんを守ることなんて不可能だったんだよ」


 先生が僕の背に腕を回し、引き寄せてくれた。先生の腕のなかに包まれているのに、僕の心は満たされるどころか空っぽになってしまったようだ。

 わかってる。僕にはどうしようもなかった。無力な3歳児なんだから。何度もそれを繰り返し言い訳にしてきたけれど。


「泣くのはまだ早いよ」


 瞳の中に溢れる涙がこぼれそうになった時、頭の上で思いも寄らない先生の言葉が降って来た。強い口調とまではいかないけど、それはしっかりとしたものだった。


「大事なのは、どうして美花さんがそう言ったかだ。まるでその夜、なにかが起こるのを知っていたかのように。それとも、美花さんは毎夜そんなことを光に言っていたのかな」

「そ……それは……その」


 どうだろう。なにかの偶然? 虫の知らせ? それとも美花は毎晩僕にそんなことを言ってたのか? それならふざけて言ってたってことになるけれど。


「わ、わからない」


 僕を抱きしめる腕の力がすっと抜けた。先生は僕の顔を覗くように体を離した。いつもの優しい笑顔が僕を包んでくれる。


「慌てなくていい。でも、私は幼児の記憶力も舐めたもんじゃないって思ってるんだ。しかも光のその夜の記憶は、実は深く彫り込まれてるはずだ。大きな事件があって、PTSDにまでなったんだから」

「あ、うん……そうだね」


 なるほど。心療内科医としてはそのように考えるんだ。専門家が言うなら、正しいのかもしれない。いや、信用できるよね。けど……。


「先生は、それを思いだしたら事件の何かが明らかになるとか……まさか犯人がわかるとか」


 真っすぐに落ちてくる先生の視線がふわりと泳いだ。


 ――――嘘……。マジでそうなの? 


 いや、まさかそれはない。あの辺りを荒らしてた空き巣なんて、僕の記憶がどれほど鮮明でもわかるはずがない。もう20年も前の話なんだ。


「それは私にもわからないよ。それよりもこれを機会に全部吐き出した方がいいんだ。中途半端にしてると、またどこかでPTSDが発症しないとも限らない」

「そう……そうだね」


 先生がいれば、全然大丈夫だけど。そう言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。今僕らは相思相愛で、お墓に一緒に入りたいなんて言ってる。

 けれど、それが永遠に続くなんて誰にも保証できないんだ。多分先生は、そう言いたいんだよね。


 心療内科医として、それは当然のことだと理解しながら、どこか切なくなってしまうのは仕方ないことだと僕は思った。





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