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第26話 好きが止まらない


 失態を演じたのが怪我の功名であるなら、僕はあえて痺れた膝を誇ろう。なんて馬鹿なことを言ってる場合でもないが。


 けど、あのすっとこどっこいのシーンが僕の存在を軽くしてくれたのか、通夜振舞いの場、リビング(これもまたどこかのドラマで見たような広さ。20人が十分に座れる大テーブルに通夜振舞いが並んでいた)では悪くない結果となった。


 先生のご両親(厳密にいえば養父母だけど)はもちろん、他の御親族の方とも、挨拶ぐらいはできた。僕は『天宮翔の患者であり、今は同居ルームシェアしているどこぞの会社員』以上の何者でもなかった。

 それは僕にとっては却ってありがたかった。いずれなにかを告げるときが来るのかもしれないが、少なくとも今の場はそれでいい。天宮家は長年に渡り君臨していた当主を失ったばかりだ。




「それじゃあ、僕はもう帰るよ」


 通夜振舞いがお開きになる頃、僕はおいとまを告げた。


「ああ、今、タクシー呼んだから。乗って行って」

「うん」

「今日はありがとうな。明日の夕方には帰るから」


 明日は土曜日なので会社は休みだ。けど、さすがに親族だけの葬儀に僕の出る幕はない。


「待ってる」


 リビングを出てすぐの廊下。食事の場にはもう酔い始めた男性陣しかいない。

 女性陣は仏間に戻り、ご遺体のそばで昔話に花を咲かせているんだ。子供たちはとっくにどこかの部屋でゲームにでも興じているんだろう。

 廊下では使用人の方々だけが、忙しそうに立ち働いている足音が聞こえていた。


「おやすみ」


 先生が僕を見てる。その妖しすぎる視線で、僕の今の気持ちを見透かしてるようだ。


 ――――今の気持ち。こんな場なのに……僕ってやつは。


「おやすみ」


 自分を恥じるように、僕はぺこんとお辞儀をして踵を返そうとした。その途端。


「えっ?」


 腕を取られ、先生に引き寄せられる。バランスを崩しそうになった僕を支えながら、先生は僕の唇を奪った。


「じゃあ、明日」


 照れた笑みを見せ、惜しむように腕を離してから先生はリビングに入った。一連のコマ送りのようなシーン。


 ――――なんだよ、もう。


 茫然とする僕。顔から火が出そうだ。そっと唇に指を触れさせる。それからようやく玄関に向かって歩き出した。


 ――――好きが止まらない……。


 歩きながら、誰かに見られてるんじゃないかと、ふと周りを見る。誰もいない。


 ――――見てるのは、お祖父さんだったりして。


 厳かな通夜の場で、千々に乱れる僕の恋心。『ふざけんな』と、きっとお祖父さんは思ってるよね? 

 非日常の場で非日常の出来事。僕はおよそ場違いなときめきを感じながら、一人タクシーに飛び乗った。




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