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第23話 天宮家の事情


 伯父さん夫婦を本当の両親と信じて暮らしていた頃。本家当主のお祖父さんも、何食わぬ顔で先生を可愛がっていた。

 実の孫には違いないのだから、そこは当然か。


「どうかな。内心は複雑だったろう。跡取りである長男夫婦は、既に子供ができないことがわかってた。そこに誰のともわからぬ子を身ごもった私の母が突然帰ってきて……。世の不合理に腹を立てたんじゃないかな」


 けどその不合理は、伯父さん夫婦との養子縁組でなんとか軌道修正させた。


「歪んだ合理性だったけどね。もし実母が健康だったら、どこかに再就職して母子家庭でも生活できたと思うよ。そしたら私は、少なくとも医者にはならなかったな」


 先生の手料理を堪能した後、僕が願うまでもなく先生は天宮家のことを話し始めた。ここでルームシェアを始めたころに聞いて以来だ。


「母が父親のことを一切話さなかったのは、今となっては理解できる。祖父さんは医療界の重鎮だったからね。母の相手は医者かそのあたりだろうから、バレたら社会的に抹殺される」

「抹殺……それは過激だね……」


「祖父さんはねえ。仕事の上では合理的な人だったけれど、家族は大事にしてたんだ。私も一番下の孫になるから、素性がわからないのに可愛がってくれたしね。

 なにより、一番かわいかった末娘、私の母だが、彼女を傷つけた奴を絶対許すはずがない」


 なるほど……。お祖父さんにはお会いしたこともないけど、天宮先生を見てるとなんとなくその姿が透けて見えてくる。

 先生は誰からも愛されて大切に育てられた人だ。屈折した思いはあっても、それでも周囲の期待に違わぬよう、頑張ってきた人だから。


「先生は実のお父さんを探したりはしなかった?」

「あーいや。実は中学生の頃、調べた」

「そうなんだっ。どう、だった?」


 天宮先生はソファーの上でぐーっと背伸びをし、それから反動をつけて隣に座る僕の肩を抱く。いつものように夜景が見えるリビング。僕の体がぴくりと反応した。


「母が勤めていた病院はすぐわかったし、そこで親しかった人とも会うことができた」

「うんうん」


 いかん。もっとポーカーフェイスに徹しないと。これではまるで、ゴシップ好きの三笠みたいだ。


「それがさ。母さんもガードガチガチでね。誰かと付き合ってるのはわかってたけど、相手が誰か結局わからなかったって。で、出産したという噂に本気で驚いたらしい」

「へえ……。なんか、そういうとこ天宮先生みたいだ」

「え? なんで?」


 先生が不満げに僕の顔を覗き込む。そんな顔しなくてもいいのに、割と素直じゃない。


「ポーカーフェイスでさ。本当のこと、親しい人にもなかなかバラさない」

「あ……なるほど……」


 僕に嘘ついたりカマかけやらして、本心を見せないようにしてたこと。ちょっとは反省してほしい。


「けど、その人先生の顔見てなにも思わなかったのかな。誰かに似てるとか……」

「え? おー、さすが光」


 ひゃあ。今度はぐいいと僕の体を引き寄せ、すぐそこに先生の顔が。なになに、急に近くなった。


「実は私もそれを期待してた。誰かに似てるとかないですか? って聞いたんだ」


 耳元で囁くように言う。耳朶に息がかかってちょっと頬が熱い。なにを今更って思うかもしれないけど、やっぱりときめいちゃう。僕はえいやっで先生の肩に頭を乗せた。


「そ、それで? わかったの?」

「それがねえ。病院は大きかったし、その人も全ての医師や検査技師とか諸々知ってるわけじゃなかったんだろうね。心当たりないって言われちゃってさ」


 それで先生のスパイミッションは終わった。大きな病院では海外赴任も盛んで優秀な人ほど出入りが多い。

 お母さんの相手は、妊娠の事実も知らず海外に行ってたのかもしれない。先生はあまり残念そうでもなく、物語を語るように話す。


 僕はもしかしたら、本当のことを言ってないのかもと勘繰った。たとえそうでも、僕はそれを受け入れようと思う。もちろん全てを話してくれたら嬉しいけれど、どんな親しい仲でも、踏み入れては駄目なこともあると思うから。


「明日、来てくれるかな。式に間に合う必要はない。その日の内に来てくれれば」


 先生は声のトーンを変えて僕に請う。甘い声で誘われるには全く色気のないことだけど。


「出来るだけ間に合うように行く」


 僕は遊んでいる先生の右手に自分の右手をそっと添えた。





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