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第14話 探索


 旅館に泊まる醍醐味の一つに、朝食がある。部屋付きの露天風呂で朝風呂と洒落こみ、その後、部屋に披露された朝食の豪華さに息を呑んだ。


「凄いっ! ホテルのビュッフェとはまた違う趣があるね」

「そうだな。取りに行く手間がないのがまずいいよな」

「それはある」


 色々のなかから選ぶ楽しみもあるけど、こうやって見た目も美しい日本料理を愛でながら食べるのは日本人として誇らしい。


「今日はまず、光が住んでたあたりを探索するんだったな」

「うん。家があるかどうかはわかんないけど」


 昨夜、あの沼落ちするようなディープキスの後、少しだけど前進した(僕は勝手にそう思ってるんだけど、先生はまだ序の口と考えてるのかは知らない)。


「どうした? 黙り込んで」


 今朝起きてすぐ、なんだか顔を見るのが恥ずかしかった。先生はと言えば、いつも通り。僕の額に目覚めのキスをしてくれた。やっぱり、こういうことも慣れてんのかな。


「なんでもない。卵ご飯が絶品だと思っただけ」


 余裕の笑みが少し癪に障る。まあ、23歳で未経験の僕になら、誰だって余裕だよね。


「ああ、確かに」


 先生の形の良い双眸が見開いた。それから柔らかく細められ、くすりと唇から笑みがこぼれた。多分呆れてる。本当に僕のリアクションは高校生並み(最近の高校生がもっと進んでるとかは聞きたくない)だな。




 チェックアウトしてから、僕らは市街地へと出る。温泉街からは車で一時間ほどだ。そこに僕が昔住んでいた町がある。

 この地方は農業中心の土地柄だけど、ものづくりの産業も盛んな地域だ。鞄や靴などの革製品、ファストファッションの衣料品等など。


 両親は、農家ではなく地場産業とそれを支える公務員、そしてサービス産業の人々が住む住宅街に居を構えた。都会のベッドタウンのような広さではないが、中央に神社があり、駅から徒歩15分。でも車がなければ生活できない。そんなごくごく当たり前の地方都市の一コマだった。


「住所だとこの辺だけど……」

「写真のような家はないな」


 僕と先生は、車から降りて徒歩だ。もう1時間近く、同じようなところをくるくると回っている。


「20年前もだからね。住宅街も整備されたんじゃないかな」

「そりゃそうだ」


 天気もいいしお腹もいっぱい。元気はあるので歩くのは全然大丈夫だ。先生とこうして歩いてるだけで、いい気分だよ。さすがに手をつなぐなんて出来ないけど。


「写真に写ってるいくつかの家も、もうとっくに改築されたのかも。見た感じ、新しい家が多いな」


 住宅の寿命は木造なら30年くらいだろうか。昔ながらの家ならもっと長そうだけど、家族の構成人数が変わったり、新しく転入してきたりで、余裕があれば建て替える人もいるだろう。


「あれ、でもこれ、一緒じゃない?」


 そのなかで、恐縮だけどちょっと古めの家を発見。当時は斬新だったのだろう、一風変わった四角いデザインの家だ。


「お、本当だ。これは三屋ホームだな」

「あれ、詳しいね」

「小学校時代の友人の家がこのタイプだったんだ。一階と二階が全く同じ大きさで、ちょっと面白かったんで覚えてる」


 その家は、僕らが住んでた家の四軒となりだった。住所も間違いがない。けれど……。


「なるほどね」


 綾瀬家があったであろうところは、今は賃貸アパートとその駐車場になっていた。ちょうど綾瀬家を中心にして、両隣三軒分がそれにあたる。結局、殺人事件があった家を中心に三軒が別物になってたんだ。


 ――――隣近所の人たちも、複雑だったんだろうな。せっかく手に入れたマイホーム。手放したくはなかっただろうに。


 わかっていたことだけど、とても複雑だ。この辺りに住んでる人は、もう事件のことは忘れただろうか。

 もし、覚えていたとしても、記憶の底に押し込んでしまっているのだろう。再び掘り出すことがないように、慎重に時の重石を乗せて。




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