第15話 衝撃の事実
僕がずっと何かしらの暗示にかかっていた。とても信じられないけど、まずはそうであると仮定すれば、恐らくそれが、過去のトラウマや仏壇の謎に通じるんだろう。
けど、先生はそれをどこで気が付いたんだろう。クリニックで受診した初日にもうわかってしまったってことだから……。
――――そんなの、あの簡単な問診しかしてないよ。
脈を取られながら、先生はいくつかの質問を僕にした。とても普通の、ありきたりのものだ。一人暮らしだとか、薬にアレルギーはないかとか、兄弟はいるのかとか。
「さっぱりわかんない」
先生が淹れてくれた朝食の珈琲を飲みながら、僕は両方の眉を中央に寄せる。
「おや。随分可愛い顔するね」
先生の指が僕の皺が寄った額の真ん中をぐりぐりする。子供扱いするんだから。
「やめてください」
ふふっと天宮先生は鼻で笑う。それから一口珈琲を飲むと、徐に話し始めた。
「光に質問したときね、間髪入れずに応えた問があった。その反応に私は引っ掛かったんだよ」
「間髪入れずに? あ……そう言えば」
――――もちろん。それ以上でも以下でもないよ。
以前、先生が言ってた。間髪入れずに答えるのは、事前に答えを用意してるからだと。でも、僕に対する質問なんて、答えを準備するようなものはなかった。
「全部、答えに窮するようなのなかったよ。全部、決まりきったことを答えたはず」
「そうかな。私はそう思わなかった。光は一つの質問だけ、他よりもコンマ2秒ほど早く答えた。しかも、ちょっと変わった答え方で」
コンマ2秒。またそんな感覚的なこと。でも、心療内科のカウンセリングなんて、その微妙な差を感じるところが大事なのか。
「光、兄弟はいる?」
「一人っ子ですよ」
え? なに、今の。
「あの時もそう答えてたね。私の質問は『ご兄弟は?』だったはずだ。普通なら、『いません』と答えるところだと思う。
まあ、それは人それぞれとしても、応じた速さと脈の乱れに私は引っ掛かった。あの時、ボイスレコーダーに録音したの覚えてるかな。私は何度も聞きなおして、この結論に至った」
ボイスレコーダー。確かにそんなことが。じゃあ、コンマ2秒もマジなのか。そんな……でもどうして? だって僕は……。
『光は一人っ子で寂しいよね』『そんなことないよっ』
『光は一人っ子でも平気だよな』『平気だよっ』
『一人っ子だからって我が儘言うなよー』
両親や祖父母、叔父さんにも、何かにつけて言われてた気がする。
『一人っ子』は三文安いなんてさすがに言わないけど、我が儘に育たないよう、敢えて言われてたんだと僕は勝手に思ってた。
――――だから、兄弟のこと聞かれると、いつもつい、『一人っ子』だと。
それがなにか、変なのだろうか。脈が速くなったって、それはたまたまなんじゃ。ずっとドキドキしてたし。
「じゃ……じゃあ、まさか先生は、僕に兄弟がいたとでも? それを隠すため、誰かが暗示に掛けたってこと?」
暗示にかけたってことは、真実は逆なんだ。それなら、僕に兄弟がいたことになる。まさか。僕は生まれてこのかた、両親の他に家族なんていなかった。そんな覚えは……。
『みーちゃんっ』
――――え……っ。
ふいによみがえる、あの夢。草原の中で僕が追いかけてた。誰かと手を握ってたその人。ま、まさか……。
「そうだよ。光にはお姉さんがいたんだ。美花さんという、お姉さんが」
衝撃の事実が先生の唇から放たれた。僕はその形の良いそれを、しばし呆然と見つめていた。




