第14話 暗示
窓の外から、早起きの鳥の声が聞こえる。地上18階のバルコニーに鳥がやってくるのかと寝ぼけた頭で思う。
部屋を引き払ってから、僕は先生と一緒に寝てる。元々先生はダブルの大きなベッドで寝ていたので、何となく、自然にそうなってしまった。
手を伸ばせば届く距離で、天宮先生がすやすやと寝息を立てて寝てる。体を横に向けて、筋の通った鼻なんか眺めちゃって。
「ん……」
うわ、先生が寝返り打ってこっち向いた。僕の熱視線に気付いたんだろうか。
『ひかる、もう起きたの?』
え……。なんだろ。今、なんかデジャブが……。
「どうした? 起きてたのか、光」
「あ、うん。鼻が高いなって見てた」
「馬鹿」
大きな手が伸び、僕の髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜる。そう言えば、小さい頃、よくこうやって頭を撫ぜられたな。あれは、両親? それにお祖父ちゃんや……亮市兄ちゃん。
――――へんなの。なんだってそんなこと思い出したのか。
「もうすっかり、不眠症は解消したようだね」
「お陰様で。嘘みたいに毎日よく眠れる……。でも、先生がいなかったら眠れるかどうか……」
まだそれを試すことはしていない。ここに転がり込んでから二週間、僕はずっと先生と一緒なんだ。まあ、一日、二日眠れなくたって今となっては平気だけど。
「大丈夫だよ。私はもう、暗示をかけてない」
さらりと先生が応じた。え? 暗示って今言った? 目を見開いた僕の前で、先生はいつもどおりの笑顔を見せてる。
「ど、どういうこと? 暗示って……」
「ああ、ずっと黙ってたけど、最初に光がクリニックに来た時にね」
「来た時にって……まさか、あの……」
最初にクリニックを訪れたとき、先生は僕の目の前でコインを揺らした。確かにあれで眠たくなったんだけど……。
「催眠術は民間療法であてにならないって言ってたじゃないかっ!」
僕は思わずベッドの上で飛び起き、先生を上からガン見した。結構自分にしては怒ってるつもりだ。なんだか、裏切られたような気分になる。先生はもそもそと起き上がり、僕の頭をまた撫でる。
「だって……そうじゃなきゃ、どうして私に会うと眠れると思ったの?」
「ど、どうしてって。だから僕は、催眠療法してるんじゃないかと……」
「ああ、うん。あれはちょっと驚いたよ。バレてるのかと思って。でも催眠療法はしていない」
催眠療法と催眠術は別物だからと先生は続けた。
「催眠術って結局は暗示だからね。コインを揺らすって最も催眠術らしいだろ。光はあれで暗示にかかったんだよ。もちろん薬も盛ってない。
君はかかりやすいと思ったので試してみたんだ。前にも言ったけど、光の状態は危機的状況だったからね。なんとしてでも睡眠を取らせないと思ったわけだよ」
思ったわけだよって……。これで『はあそうですか』と納得するべきだろうか。
「患者の承諾を得ず、私の暗示で眠れるようにしたのは詫びておくよ。あ、でも一応付け加えておくと、それがなければ寝れないという類の暗示ではないからね」
もしそうなら、犯罪の匂いすらするんですが……。
「なんで僕が暗示にかかりやすいって思ったんですか?」
なんだかムカついて、言葉使いが敬語に戻ってる。
「それはもちろん。光が既に暗示にかけられていたからだよ。しかも、随分と昔からの」
「へ……」
なにこれ。なんか朝から爆弾発言が過ぎるんだけど。
「ど、どういうこと、それ」
「君には、元々ある暗示が掛けられてたんだよ。不眠症に陥ったのは、その暗示が解けそうになってたから。この診断に私は自信を持ってるよ」
とんでもない真実を、朝から僕は矢継ぎ早に聞かされ、休日の気だるい空気は一変した。




