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第10話 本音


 6日目。

 会社でも一日中なんとなくソワソワした気分だった。

 夢に出てきた謎の少女の名前も全く思い出せず。幼馴染にそんなのいたかなあとか考えたが記憶はなかった。


 僕は一人っ子というのに、あまり小さい頃の写真が残っていない。いや、撮ってはいたかもだが、それを見返すことがなかった。

 既に世はデジカメの時代。データで残すのが当たり前とはいえ、気軽に大量に撮れるわりに残す方のキャパが十分じゃなかった。

 アルバムを見返す習慣もなく、誰かのスマホかパソコンに眠っているだろう幼き日の思い出、見る機会がないまま大人になっていた。




「みーちゃん?」


 その日は図ったように早く帰宅していた天宮先生に、若干恥ずかしさを残しながらも、僕は夢の話をした。なにか話していないと沈黙が逆に怖い。


「はい。僕の想像の産物だとは思うけど……先生が過去になにかあると言ってたんで、自分で創造したのかと」

「ふうん……でも、その名前に覚えはないと」

「そうですね……全く」


 いつものリビングのソファー、先生は夜景を見下ろしながら僕の話に付き合ってる。

 今日のお供はスパークリングワインだ。グラスに無数の小さな泡が煌めいていた。


「ここでの生活は慣れた?」

「あ、はい。正直言うと、快適です……」


 食事は各自と言いながら、ほぼ先生の手料理を頂いてるし、清潔で居心地のよい部屋、隣や上の住人の生活音を全く気にしなくていい防音性も素晴らしい。

 眠れぬ夜を過ごしていると、些細な音に敏感になるので、それが凄く気になっていた。もっとも、ここに来てからはぐっすり寝てるから気にならないのかもだけど。


「そうなんだ。それは良かった。じゃあ……治る治らないはおいといて……ずっとここで暮らしてみる?」

「え?」


 冗談なんだ。それはわかってた。先生は僕とルームシェアしたくてここに招いてくれたんじゃない。

 もしかしたら、昨夜のことを気にしてくれたのかもしれない。治癒まで時間がかかっても気にする必要はないんだと、軽い言い方で気を楽にしようと。


「そ……そうですね。そうしたいかも」


 いつもの僕なら、『そんなワケ行きませんよっ』なんて反発したはずだ。先生もそれに対して返しを考えていただろう。

 でも、つい、本音が……。単純にここで嘘を吐くのがいやだった。僕は、ここにいたいと思ってるんだ。それを、どこかで言いたかった。


「え、マジ?」

「あ……えっと……いや、その」


 これもまた予想外の反応。先生は僕を揶揄うことなく、真正面から受け取った。

 今度は僕が慌てる番だ。口をついて出てしまった言葉を今更引っ込められないし、冗談ですよー、なんて安易な返しもできず、しどろもどろになってしまった。


「それが本当なら……嬉しいな」


 再びの、思ってもみなかった言葉が放たれる。


 ――――嬉しい。って……?


 僕は恐る恐る顔を上げ、天宮先生の表情を覗いた。先生の切れ長の双眸は柔らかく細められ、暖かな光を僕に向けている。

 その瞳の中に映る自分の顔が赤くなっているように思えて、再び俯く。心臓がばくばくと胸を飛び出さんばかりに打ちだした。


「本当……です」


 僕は魅入られたように言葉を繋いだ。素直な、本心。それから先生の表情を確かめようと恐る恐る顔を上げた。


 ――――先生の視線……目が離せなくなる。


 先生は視線で僕を抱く。ずっと思ってたことだ。僕は今まで、何度もその視線に抱かれていたんだ。


 ――――好き……ってこういう感情なのか……まるでふんだんに水を湛えた泉のように次々と溢れて出てくる。


 いつからこの感情を頂いていのか……多分、そんな最近ではない。


「おいで」


 先生が腕を広げる。僕はそれに抗うことを考えもせず、自分からその腕の中へと入っていった。

 ゆっくりと閉じられる両腕にすっぽりと包まれる。まるで寒い夜の毛布に包まれたような安心感。先生が僕の髪に顎をすりすりするのを、ぼんやりと感じてる。


 柔らかなものが僕の頬に落ちてくる。それが先生の唇だと知っても、僕は驚かなかった。




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